旅立ち
翌日、私はある家を訪ねていた。ドアをノックすると、家主は軽快な返事とともにドアを開けた。
「あら、メグ! 珍しいわね。」
「……バンのことで、話があるんです。」
そう言うと、ミナさんは眉間に皺を寄せた。ミナさんは全部知っている。その確信を胸に、ミナさんの自宅を訪れた。そう易々とは引き下がらない。そんな私の胸中を察してか、ミナさんは居間へと通してくれた。
「それで?」
ミナさんは淹れてくれたお茶を出しながら、向かいのソファに腰掛けた。お礼を言いながらお茶に口を付けると、その温かさにホッとした。
「昨晩、バンが私の家に来ました。タブルさんの姿で。」
「……。」
「ミングだってことも、明かして去って行きました。」
そこまで言うと、それ以上何も言わなかった。ただミナさんを観察しながら、淹れてもらったお茶を啜る。ミナさんは相変わらず眉間に皺を寄せたまま、私を見つめ返していた。その目は何かを探っているかのようだった。
「それで、私を訪ねて来たの?」
「ミナさんは全部知ってたんだと思って。」
「……。」
「お願いです、私バンに会いたいんです。」
カップをソーサーに戻して、姿勢を正した。
「バンがどこにいるのか、教えてください!」
「……知って、どうするの?」
「探しに行きます。でも、会えた後どうするかは分かりません。バンに一緒に行きたいと言いました。顔がバレていないのなら、一緒に生きようって。でも、拒絶されました。」
「…でしょうね。」
バンのことを良く知った風な口ぶりに、少し悔しさを感じる。それと同時に、悲しかった。本当に、タブルさんはバンなんだと痛感した。
「私、それでもバンに会いたい。もう、待っているだけは嫌なんです。」
そう叫ぶように言うと、ミナさんは困ったように眉尻を下げて笑った。
「まったく…、2人して強情ね。」
「え…?」
私が困惑していると、ドアがノックされた。
「今日は訪問客が多いわね…。少し待ってて。」
そう言って席を立つと、玄関へと向かった。少しして、玄関の方から話し声が聞こえてきた。そしてその声は近づいて来て、やがて目の前に来た。
「…なんだ、役者は既に揃っていたのか。」
私を認めると、彼……ジンさんは、被っていた帽子を被り直しながら言った。困惑する私を他所に、ミナさんとジンさんは親しげに会話を再開していた。
「それで、バンの奴はどこだ? どうせお前知っているんだろう。」
「あなたもなの? 家には私と旦那しかいないわ。」
「しらばっくれるな。」
繰り広げられる会話に、ついついキョトンとしてしまう。今、バンって言った…?
「あの、え…っと…?」
完全に置いてけぼりになった私は、声を絞り出すのがやっとだった。
「紹介するわ。私たちの幼馴染みのジンよ。」
「お、幼馴染み…? 私たち?」
なんて不似合いな言葉だろう。なんて言ったら物凄く睨まれそうだ。ジンさんは、昨日の朝家に尋ねて来た警官隊の人。そして、ミナさんの幼馴染み。というより、そもそもミナさんとバンの関係って…? 困惑する私に、ミナさんは不似合いな言葉を口にしながら楽しそうに笑いかけた。
「こうなったらもう、ヤケクソよね。」
「何がだ。」
「この子、バンがミングだってこと知ってるの。」
「だろうな。昨晩、コイツの家にバンがいるのを俺が見つけたんだ。」
ジンさんは私を指差して言った。昨晩あの後、ジンさんもまたバンを追って夜闇に消えて行った。その後夜遅くだった為か、彼が私の家を訪れることはなく。今朝は先日彼が訪れたよりも早い時間に家を出て来たのだ。要するに、私は彼から逃げるようにしてここに来た。
「バンったら、結局メグの所に行っちゃったらしいわね。」
先程までうんともすんとも言わなかったミナさんだが、どうやら本当にヤケクソのようだ。欲しかった答えが次々と出てくる。
「それで俺に発見されたんだ、相変わらず詰めの甘い奴だ。」
「相手がジンだからじゃない?」
のんびりと話すミナさんに対し、明らかに不満を募らせるジンさん。私は相変わらず置いてけぼりだったが、バンを含む三人が親しい間柄ということだけはしっかりと把握できた。
「おい、娘。」
「は、はい。」
娘って…。メグっていう名前があるんだけど…。とは言い返さず、急に話を振られた私はピッと背筋を伸ばした。
「俺は、バン……ミングを追いかける。」
「え…。」
「お前はどうする。」
私は思わず目を見開いた。それは願ってもないことだった。
「つ、連れて行ってくれるんですか?」
「勿論タダじゃない。何より、連れて行くと言うよりはついてくることを許可するだけだ。お前がいた方がおびき出せそうだしな。」
本音がだだ漏れ…。だけど、それでもいい。私も今日、ここへはミナさんにバンの居場所を聞きに来たのだ。聞き出せた暁には、勿論追いかけるつもりだったのだから。
「行く。行きます! ついて行きます! お願いします!」
勢い良く立って頭を下げると、ジンさんがビクッとしたのが分かった。その隣でミナさんはクスクスと笑っていた。
「決まりだな。ここに居ないということは奴はもうウユを出ていると考えて良い。おい、どうせ行き先に心当たりはあるんだろう。案内をしろ。」
そう言ってジンさんが見やったのは、ミナさんだった。ミナさんは肩を竦ませると「嫌よ。」と言った。
「私には旦那がいるのよ? 何処ぞの男と旅なんて、真っ平御免だわ。」
「ほう。なら今すぐここでお前を逮捕してもいいんだぞ? 昔お前がバンと一緒になって盗みを働いていたことくらい、当に調べはついている。」
「げっ…。」
ミナさんは顔を引きつらせた後、観念したように溜め息を吐いた。
「アンタといいメグといい、本当に目の付け所がいいわね。分かったわ。」
「決まりだな。」
ジンさんは満足げに少し笑うと、出発の日取りや用意する荷物やらをテキパキと指示して家を出て行った。残された私は呆気にとられて呆然とし、ミナさんはやれやれといった様子で残されたお茶を片付け始めていた。そんな私たちがバン……ミングを追う旅に出たのは、それから三
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