闇夜の出会い

 翌晩、私は伯爵家へと繰り出していた。屋敷を囲む柵には同じような野次馬が沢山集まっていた。中には新聞記者も見受けられた。私はというと、少しソワソワしていた。普段こんな風に行動を起こさない私だから、なんだかソワソワしてしまうのだ。



「あれ、メグじゃないか。」



 不意に名前を呼ばれて振り返ると、そこには仕立て屋の女主人がいた。手に飲み物と僅かではあるが菓子を持っているところを見るに、どうやらここでスタンバイをしていたようだ。



「なんだい、やっぱりファンになったのかい?」

「そういうわけではないんだけど…。」



 苦笑する私を見ると、女主人は不思議そうに首を傾げた。



「ふぅん? 何か興味がそそられるものでもあったかい?」

「えっと、話のタネになるかな〜って…。」



 強ち嘘ではないのだが、私の回答は何となく歯切れが悪かった。実際はただ好奇心に従っただけなのだ。



「なるほどね! もしも素顔が拝めた日にゃ、話のタネどころか金のタネにもなるしね!」



 豪快に笑う彼女に、私は苦笑を漏らした。ファンなのに、金の前には敵わないということか…。何だかミングが気の毒…。程なくして、屋敷から大きな声が聞こえてきた。



「ミングだー! ミングが出たぞー!!」



 不意にそんな声が聞こえて、私と女主人は勢い良く屋敷を振り返った。



「出たってよ!」

「う、うん。」



 まるでお化けのような扱いに、ますますミングが気の毒になる。その神出鬼没さは、もしかしたらお化けと大差ないのかもしれないけれど。



「……何が起きてるのかサッパリ…だねぇ。」

「うん…。」



 先程の声を皮切りに屋敷の中は騒々しくなったけれど、さすがに中がどうなっているかは見えない。警官隊や警備員がバタバタと駆け回っているのだけは見えるが、それが限界だった。



「こりゃあ何の収穫にもなりゃしねぇな。」



 隣を陣取っていた新聞記者がやれやれと構えていたカメラを下ろした。あまりにも中の様子が分からないものだから、構えていた他の新聞記者も溜め息を吐いた。

 もしももう獲物を手に入れているとして、ミングはどうやって逃走するだろう。窓から走って出てくる? それとも屋根? ミステリー小説のようで、少しワクワクしてしまう。私はふと屋敷を振り返った。これだけ人がいるなら、人に紛れて逃げるのが一番利口な手だろう。誰にも素顔を知られていない、怪盗ミング。知られていないなら、素顔で逃げてもバレないのでは。今更そんな誰でも思いつきそうな……と自分を嘲笑しながらも、私は必死に人の流れに目を凝らした。



「探せ! 奴は負傷しているはずだ!」

「このまま逃げられるな!」



 様々な怒号が飛び交い、情報が錯綜さくそうする。もしも負傷しているなら彼にとっては危機なのではないだろうか。私は自分の真意すらよく分からずに、必死に目を凝らした。しかし努力も虚しく、ついにその姿を視界に捉えることはできなかった。



「拝めなかったねぇ、怪盗ミング…。」

「うん…。」



 鮮やかであろう手口を拝んでみたかったし、イケメンらしいその素顔にも興味があった。だけどなぜだろう、こんなにもホッとしているのは。中の警備員や警官隊が撤退し始めたのを認めると、新聞記者や野次馬も撤収し始めた。



「じゃあ、あたしも帰るよ。」

「うん。」

「また店でね。」



 女主人と別れると、私はのんびりと帰路に着いた。きっと朝には新聞の一面を飾るであろう、ミングの事件。紙面にはどんな文面や写真が載るのだろう。そんなことを考えながら路地を曲がった時、蹲る人影に気が付いて足を止めた。驚いて思い切り肩が跳ねてしまった。そのまま横を通り過ぎることもできず、私は恐る恐る声をかけた。



「あの…?」



 負傷したと言っていたし、もしかしてミングだったりして。そんなことを考えながら声をかけるも反応がない。心配になって顔を覗き込んで、私はその人影の正体に驚きを隠しきれなかった。



「タブルさん!?」



 そっと肩に触れると、グラリと体が傾いた。自分の体を滑り込ませてその身体を支えるが、何やら熱い。



「タブルさん!」



 そっと頬を叩いてみるが、微かに眉をひそめるだけで反応はない。どうしよう…。酔っている風ではないし、触れた頬からも熱を感じる。その時、背中に添えていた手がヌルリと滑った。生温かい嫌な感触。まさか…。



「血…!」



 なんでこんな出血の仕方…! よくよく見ると、タブルさんの座り込んでいた辺りに小さいが血溜まりができていた。私はパニックになっていた。死なないよね…!? 冷静に働いてくれない頭で、どうすべきか必死に考えを巡らせた。


 *


「っ……。」



 私は溜め息を吐くことすらままならないまま椅子に腰を下ろした。あれから何とかタブルさんをタブルさんの自宅……骨董品店まで運んで来た。というのも、私の家や病院よりもタブルさんの家が近かったからだ。鍵はポケットを弄って拝借した。止血もそこそこに、私は病院へと電話して医者を呼びつけタブルさんを治療してもらった。怪我の具合は左程悪くはなく、命に別状はないとのことだった。とはいえ出血の量が量なので、今晩は熱で苦しむだろうと。一連の流れを終えて、やっと今腰を下ろしたところだ。



「疲れた…。」



 ぐったりと項垂れると、どっと疲れが出た。まさかミングの見物に行ったのに、こんな事態に巻き込まれようとは。そっとタブルさんの額に張り付いた髪を払う。すごい汗だ。息も荒いし、本当に苦しそうで私まで辛くなる。命に別状がなくて良かった…。それにしたって、彼はなぜこんな怪我をしたのだろうか。医者によれば、傷は剣で斬られたようなものと、何かで裂けたようなものがあるという。それを抜きにしても彼の身体は傷だらけだった。この間の腕の傷だけじゃなかったんだ…。



「タブルさん…。」



 あなたは一体、何者なんですか。

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