師匠


 巴さんは転移の霊術でここに突然現れたのだろう。知っている人の場所に転移できるのかもしれない。


「あ、その何か飲みますか?」

「頼もうかのぉ」


 巴さんにコーヒーを用意してから、巴さんに事情を聴く。私は巴さんと共に二杯目のコーヒーブレイクだ。さっきまで美人の先輩とティータイムでOLの休日らしかったが、ここからは腰曲がり巴さんと霊術トークか。


「巴さん、東京に観光ですか?あ、それとも課長と鈴乃さんに会いに来たとか?」


 巴さんは我が課の課長と、港区の課長である鈴乃さんの母だ。巴さんはコーヒーを飲みながら首を振った。


「子どもらにはよう会うから、バアは野々香ちゃんに会いたくて来たんじゃ」

「私ですか?それは、ありがとうございます」

「野々香ちゃんの止まっていたとは言え、色褪せない才能を見てまたゾクゾクさせてもろうてもうまだ熱が冷めんのじゃ。ぜひ坊ちゃんともう一度婚約をと思ってのぉ!」


 巴さんのギョロ目にまた恍惚とした光が灯る。この神を崇める目は苦手だ。ハハハと乾いた笑いで乗り切る。だって上司の上司の母親だ。無下にはできない。OLって大変。巴さんは止まらない。


「坊ちゃんに言うても『言ってろババア』の一言でのぉ。バアの育て方が悪かったのかいまだに反抗期で悩ましいんじゃ」

「育てた?」


 巴さんがコーヒーを飲みつつフェッフェッフェと皺を濃くして笑う。


「封鎖村の件があって、村に残ったのは坊ちゃんと斎宮一族のみ。坊ちゃんはまだ小学生じゃったからバアが保護者になったんじゃ」

「巴さんが雲雀さんの育ての親ってことですね?!」

「坊ちゃんの霊術の指導もバアがしてのぉ。バアへの反抗心で口が悪うなってもうたが、あれ以上の才能にはもう二度と出会えん思うて大事に育てたんじゃ。今では立派にピアスの穴だらけじゃ。」


 フェッフェッフェと自慢気に笑う巴さんの言う事には若干コワイ部分があるが、あの雲雀さんの師匠ということか。それはまたすごい経歴だ。ならもう私が言う事は決まっていた。縁とはこういうことを言うのだろう。


「巴さん、相談なんですが」

「なんじゃ?」

「私のもその、霊術って使えるんですよね?」

「野々香ちゃんは器じゃが、超大枠で言えば霊術の一種じゃの」

「器ってどうやって使うか、教えてもらうことできます?」


 巴さんはコーヒーカップをがちゃりとテーブルに荒々しく置いて、バキッと腰を伸ばして顔を上げた。その腰がバキッと持ち上がるの怖い。


「もちろんじゃ!バアの老い先短い人生でこれ以上ない楽しみができる!」


 巴さんがシワシワの両手をこちらに伸ばして、私の手を握った。


「代わりに坊ちゃんとの婚約をもう一度考えるって条件でどうじゃ?考えるだけでええ!あとは坊ちゃんの魅力がなんとかするからのぉ!」

「あ、そこは雲雀さんに丸投げなんですね」


 具体的な方法は雲雀さんへ他力本願でちょっと笑えた。絶対がんばらないじゃないか雲雀さん。


「指導料は無料じゃから、ええじゃろ?!」


 魅力的な条件提示に交渉の歴の厚さが見える。90歳の身体のどこにそんな力があるのかと思うほど強い力で手を握り潰された。ギョロ目が爛々と輝き恍惚として鼻息荒い。もう、絶対、離さないの意思が伝わる。


 無料で、考えるだけ、しかも最後は雲雀さんに丸投げのノーリスク。断る理由がない。私は巴さんに握りつぶされる手を握り直して前のめった。90歳に負けてられない。挨拶は大事!


「ご指導よろしくお願いします!」

「もうサイッコウじゃの野々香ちゃんはぁ!大好きじゃ!」


 昼下がりのカフェで90歳の巴さんに弟子入りした。巴さんと熱い握手を交わしていると、またスマホが震え出した。着信相手は雲雀さんだ。嫌な予感しかない。私はスマホを耳に当てた。


「ババア来たか」

「一緒にいます」

「お前今から迷子探し行って来い」

「雲雀さん……また迷子ですか?」

「俺じゃねぇ。大田区で幽霊が行方不明になった。目黒に入ってるかもしれねぇから探して来い」

「私は休みだって何回言えば……」


 すでに巴さんと過ごすことで仕事は果たしているつもりだったが、さらなるお仕事要請である。さすがに言い返す。


「雲雀さんが事務所にいるんだから、雲雀さんが探しに行けばいいじゃないですか」

「よく考えろよ、野々香」

「何をですか?」

「俺が出歩いて幽霊は確保したとして、結局そこに迎えに来るのはお前だ。お前が俺を探し回るか、お前が迷子幽霊を探し回るかの二択だ」


 堂々とお迎え必須宣言。犬飼先輩が担当持ちとなった場合、雲雀さんのお世話は全部私に回って来る。私は納得させられてしまったが、小さく抵抗した。


「目黒って広いんですよ?」

「ババアがいるだろ。使え。報告入れろよ」


 また勝手に電話が切れた。私はため息をつきながら雲雀さんからの要件を巴さんに伝える。コーヒーを飲み切った巴さんはよっこいせと椅子から下りてギョロ目で笑った。


「新しい弟子もできたことじゃ。迷子幽霊探し、やってみようかねぇ」


 巴さんと共にブームを出て、休日任務、迷子探しが始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る