ごめんなさい

「その頃には幽霊館のような悪霊化を防ぐ組織はなくて、幽霊は野放しだったッス」


 犬飼先輩が使った野放しという単語にはトゲがあるように感じた。


「自然災害に不況と負の出来事が続いた世の影響か、悪霊が大量に発生した時期があって……そんな悪霊たちが猛烈に集まって暴れて、人が大勢死んでしまった。それが封鎖村の真実っス」


 犬飼先輩の滑らかな説明に誰も異論をはさまない。それが本当のことなのだと実感した。


 幽霊という公にできない存在による霊災を公表できず、感染症のせいにしたということだ。

 

「ど、どうして封鎖村に悪霊が集まってしまったんですか?」

「封鎖村は昔から地理的に、淀みが溜まりやすい場所だったみたいッス」

「京都や出雲、伊勢など、霊障地と呼ばれるところはそういう場所だよ」


 課長が犬飼先輩の話にフォローを入れる。封鎖村の立地自体が悪霊を呼び込みやすかった。


 ただ、そこに住んでいただけで悪霊に人が殺された。それが理由なら不運としか言いようがない。


「かつて封鎖村に住んでた人間には、悪霊による害、霊害がいろんなケースで出てるのが確認されてるッス。例えば、封鎖村の人間は幽霊に濃く触れた経験から、霊力発現の割合が統計的に明らかに高い。野々香ちゃんもこれじゃないッスかね!」


 私の話になったのに、私は他人事のようにそうなのかと受け取るしかなかった。事実として私は封鎖村出身で、霊力の発現、つまり幽霊が視える。


 課長がオールバックを手で整えてから、気づかわし気に私に語りかけた。


「驚いただろうね。封鎖村出身者にさえも真実が隠されていることへの怒りも……あるかもしれない」


 私は課長の顔を見て首を横に振った。


「怒りなんてないです。私より賢い人たちが私たちのためを思って隠してくれたことだから。私は真実を知らずに生きてきて、無駄に霊の心配なんてせず伸び伸び育って……良かったなって思います」


 今も幽霊の存在はひた隠しにされ、幽霊館が人知れず機能する。それは世の人々の安穏を守るためだ。


 私は大人になり、守る方に回ったのだ。


「そう言ってもらえると、隠し事をした方としても救われるよ」


 課長が柔和に微笑み、カップを傾けた。私は今までの話を飲み込んでハッと気づいた。雲雀さんの横顔を見る。


「その封鎖村の霊害で、雲雀さんは迷子体質なんですか?」

「そういうことッス!霊的に道を見失うのが壱哉さんッス!」


 これでどうだとドヤ顔で犬飼先輩が笑うと、ありがとうと言いながら課長が三度だけ手を打った。


 私は立ち上がって、雲雀さんに深くきちんと頭を下げた。


「ごめんなさい、雲雀さん。そういう……どうしようもないことだって知らなくて、ものすごいバカにしてました。イッダ!」

「これで許してやるよ」


 雲雀さんのでかい手が、頭を下げた私の後頭部をバシンと遠慮なくはたく。強すぎる衝撃に目に涙を浮かべて顔を上げると、雲雀さんはもうそっぽ向いている。


 許してもらえたが、普通に痛い。課長が穏やかに微笑む。


「封鎖村の事件をきっかけにできたのが、幽霊成仏専門機関である幽霊館だよ。大きな人的被害が出てしまった封鎖村を二度と、繰り返さないためにね」


 課長が渋みある明朗な声で告げた。


「悪霊堕ちを許さない。それが幽霊成仏課の使命だ」


 公にはできないが、ここは幽霊の未練に向き合い、悪霊化を未然に防ぐことで、世の人々の暮らしを守るために作られた組織。課長のおかげで、私の仕事にピッと筋が通った気がした。


 課長が椅子を引いて立ち上がり、事務所に戻ろうかと声をかけたところで大食堂に白雪さんがやって来た。


「皆さん、こちらにいらっしゃったのですね。ゲストルームにお客様をお連れしておきました」

「ありがとう、白雪君。次は」

「俺の担当で」


 雲雀さんが手首から先だけを天井に向けて小さく上げて主張すると、課長が頷く。


「じゃあ雲雀君と、依月君にお願いするよ」


 雲雀さんが立ち上がって食堂を出て行こうとするので、私は慌てて立ち上がり、彼の背に声を飛ばす。


「雲雀さん待ってください!移動のルール決めましょう!雲雀さんは行き先を言う!私が前を歩く!」

「まどろっこしいことやってられるか。さっさとしろ、野々香」

「雲雀さんの動き出しより先に動くとか無理でしょ!」


 雲雀さんが白雪さんの手から資料をひったくって歩いて行くので、私は雲雀さんの背を追い越すために走った。次の仕事だ。



 目指すは事務所横のゲストルーム。私は雲雀さんの隣を歩きながら、雲雀さんが読み始めた資料を横読みする。


「お前、スプラッタ映画見るか」

「スプラッタって内臓ぐちょばちょー首チョンパみたいなやつですか?」


 雲雀さんが資料を見ながら大階段を上るという、迷子体質にあるまじき行為をしながら頷く。私は大きな声で言った。


「苦手です!」

「犬飼と同じだな。慣れるしかねぇな」


 雲雀さんがゲストルームのドアをノックして開けると、そこには肩から下、上半身が左半分だけの女性が浮かんでいた。


 スプラッタ。失礼ながらそう頭が認識した。


「し!失礼します!」


 私はバッと口を塞いで、ゲストルームではなく、隣の事務所に飛び込んだ。事務所でうずくまって吐き気が通り過ぎるのを待つ。


 吐いてたまるか。これからああいう幽霊さんとずっと付き合っていくんだから。


 幽霊は元人間だ。死因は様々。


 勇気君みたいな病死もあれば、体半分が吹っ飛ぶような事故で亡くなる人だっている。綺麗な身体の人ばかりではないのは想像がついたはずだ。


 今回は事故死だろう。だから雲雀さんがスプラッタの確認をしたのだ。


 私は深呼吸を繰り返して立ち上がった。軽く首を振って先ほどの映像を思い返す。吐き気がして、飲み込む、を繰り返す。


 身体が左半分だけになってしまった女性は、自分の姿が悲しいはず。そこに追い打ちをかけるような反応はダメだ。私は両頬を両手で挟み込むようにバシンと叩いた。


「ウッス。やり直し!」


 私は事務所を出て、再び隣のゲストルームを訪れた。

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