最終話…それから



 未弥の生活が、少しだけ変わった。

 いつも週末に作り置きしていた食事のうち、半分が冷凍のミールになった。買い出しや作り置きの日もウィークディになった。全部を冷凍にしなかったのは費用のことももちろんだが、弁当の作り置きが必要だから。


 平日が少し慌ただしくなったが、未弥はさほど疲れを感じなかった。

 いっぱいになった冷凍庫を眺めて、彩葉との週末の『逢い引き』を楽しみに思う。会社のお弁当仲間には、彼氏ができたのかと疑いをかけられているが、特に詳しい話はしていない。

「さてと」

 未弥は呟き、冷凍庫を閉めた。週末のためにまだやることは残っている。




 未弥は月の半分の週末、創作する彩葉の目となるために彩葉の家を訪れる。いつまで続くかはわからない。それなりに覚悟は決めた。


 あの時青生と会った玄関は明るくなり、学生時代のように季節の花が飾られていた。制服姿でよく訪れていた未弥の面影を見つけた彩葉の母は、未弥の来訪を手放しで喜んでくれている。


 昔から、ほとんど見かけることがなかった彩葉の妹、今日子とも会えた。

 仕事帰りに実家に現れた今日子は、仕事ができる女のイメージそのままのクールビューティーな大人の女性になっていた。

「姉のこと、お手数ですがよろしくお願いします」

 今日子は彩葉の母と同じように、未弥に頭を下げた。


「とんでもない!お世話になっているのは、こちらの方です」

と慌てて未弥も今日子に頭を下げる。週末の家族団欒に、結構な割合で混ざっている自覚はもちろんあったので。部外者の未弥から見て、彩葉の入院という嵐を乗り越えた一家に、昔とは少し違った強い繋がりを感じていた。


 人なつっこい印象の彩葉と違って、学生時代から年下ながら少し怖い印象だった今日子は、実際に話してみると良い意味で裏切られた。いつか彩葉も交えてゆっくり話してみたい。きっと機会はあるだろう。


 彩葉が入院している間の葛藤と、自分のできることがなにもなかった焦燥感を思い出し、階段を上りながら未弥は一瞬唇を歪めた。階段を上がる音で、彩葉が自室のドアを開け、未弥を迎え入れる。


「今日で彩葉の家族全員に、彩葉のことを頼まれちゃった」

と、笑いながら言うと、彩葉は

「未弥、結婚できなくなっちゃうよ?」

と苦笑いして、うちの家族がごめんね、と言った。


 そんな彩葉を見ながら、未弥は思う。

 彩葉は家族にとても愛されている。

 本当によかった、と。


 学生時代と同じように、未弥と彩葉はローテーブルに向かい合って座る。座る位置が時間帯によって、なんとなく変わるのが面白い。ベッド側にある窓からの光を眩しく感じると、カーテンを調整するのではなく、じわっと位置がずれていく。立ち上がる時間すら惜しい気がした。


 談笑が一段落つく頃には、テーブルの上には、中身が半分以下になったコーヒーカップと食べかけのプリンが二つずつ並んでいる。


 彩葉はそれをテーブルの脇によけてから、未弥に愛機のポメラを手渡した。

 ずいぶんとくたびれた印象のポメラは、彩葉の戦友とも言っていい。細かい傷が本体や少し色の褪せたステッカーのあちこちに付いてしまっている。ポメラを支える彩葉の両手に、退院後の再会の時より肉がついていることに気がついて、未弥は少し安心した。うやうやしく両手で受け取る。彩葉が笑う。


 いろんなやり方を試行錯誤している最中だけど、彩葉がポメラに入力した文章を、未弥が読み上げながら誤字脱字、変換などを直していく作業が一番効率が良いようだ。未弥としても、以前より早く彩葉の原稿が読めるのは嬉しい。


 未弥はいつものようにポメラを開いて、ひとつ深呼吸をしてから

「今日はどこからにする?」

と彩葉に尋ねた。







                                      了.




  ※この物語は(病状なども含めて)フィクションです。



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色は匂えど散りぬるを【改訂版】 ヒノエンヤ @hinoenya

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