第29話 魔王
サラはガラティーンを海に叩き付けた。
あまりの高温に海水は爆発し、高波が船を揺らす。
視界は蒸発した水蒸気に遮られ、十メートル先を見通すのも難しい。
「こんなことに聖剣を使うなど……!」
敵の艦隊を直接斬ればフレデリックも巻き添えだ。
奴が死ねばトロイメライの思惑に乗ることになる。
だから斬ったのは海だけだ。
「さあパーシヴァル、お前が我々の味方だと言うのなら力を貸してみせろ」
今、私もフレデリックも互いに視界を遮られ、敵の位置を目視できずにいる。
しかしこちらには【千里眼】を持つパーシヴァルがいる。
ガラティーンで視界を遮ったのはこちらが有利だと踏んだからだ。
「考えたのう、坊主……! よかろう、わしの力をお主に貸してやる!」
パーシヴァルは虚空からペンを取り出すと、それで敵のほうを指した。
「突撃しろ──ッ!!」
視界は遮られている。
海は荒れ、砲の狙いは定まらない。
魔戦艦はパーシヴァルの指すほうに最大船速で突き進み、目の前に見えたフレデリックの旗艦に全速力で体当たりをする。
瞬間、衝撃が全員を襲った。
私はその衝撃を活かして宙に跳び、全員の視線を集めた。
その一瞬、私の右目から赤い光が放たれる。
「眠れ──ッ!!」
私が甲板に着地すると同時、敵兵たちは崩れるようにしてその場に倒れた。
「ヒ……ヒィイ!!! 化け物ッ!!!」
立ち上がる私を見てフレデリックは怯えた表情で叫ぶ。
【スキル】の発動対象からフレデリックだけを外せるか試してみた。
どうやら上手くいったようだ。
「失礼だな、私は化け物などではない。かつての貴様の兄さんだよ。我が弟、フレデリック……」
フレデリックは辺りを見渡し、自分の味方が全員気絶しているのを確認すると、私のほうを見て呟く。
「魔王だ……! お前は、魔王だ! こんなことがこの世の誰に出来る!? お前は人間じゃない!! お前は……魔王だッ!!!」
「それは傑作だな。執拗に王位を狙っていたお前が私を『魔王』と呼ぶのか。面白い、ならば相応の振る舞いをさせてもらおうか!」
ひれ伏せ──。
私が赤い目でフレデリックを見据えると、彼はその場にへたり込んだ。
「ひぁ……。こ、殺さないで……!」
「勘違いするな、欲しいのは命じゃない」
私は懐から奴隷の首輪を取り出すと、それをフレデリックの前に放り投げた。
「それは奴隷の首輪だ。それを付ければお前は金輪際私に逆らうことが出来なくなる。その代わりに、命だけは見逃してやろう」
「ぇ……? ぇ……? どれ……い……?」
フレデリックは自分が不利な状況に陥ると思考が働かなくなる悪癖がある。
今も状況を受け入れられず、目があちらこちらに泳いでいる。
「拾え」
フレデリックは首輪を拾い、私の顔とそれを交互に見る。
額には汗が浮かび、目は焦点が定まっていない。
「どうした? 命惜しさに奴隷に堕ちるか、それとも名誉を守ってここで死ぬか。お前の好きなほうを選べるのだぞ?」
「ぇ……? あぇ……?」
彼は滝のように汗をぽたぽた垂らしながら、奴隷の首輪を掴みふるふると震えている。
何度も何度も私を暗殺しようとしておいて、いざ自分の命が危険に晒されたらこの体たらく。彼の味方が全員気絶しているのはむしろ彼にとって幸運なことかもしれない。
「ぅ……ぅ……」
あの宴以来、フレデリックの風評には大きく傷が付いたと聞いている。
あの宴と比べても、今回のこれはあまりにも致命的だ。
彼の感情を思えば同情の念すら抱いてしまう。
「うぅううあああァアアアアアッッッ!!!!!!!」
フレデリックはやけくそになったのか、剣を抜き私に斬りかかる。
私は魔剣でそれを弾き、アルフォンスの首に刃を押し当てる。
「そんな馬鹿な……! 兄さんは、剣が下手で……!」
「アルフォンスが私に決闘で負けた噂は聞かなかったのか? フレデリック、アルフォンスより弱いお前が、万が一にも私に勝てる可能性はゼロだ」
「ぁ……そんな……! 僕は……僕は……!」
「フレデリック、お前は負けたんだ。これだけの大艦隊を率いて、たったの一隻に一瞬でそれを破られた。王宮に戻ればお前はみんなの笑いものだ。あの宵の宴で私を殺す命令を出せなかった腰抜けが、大艦隊で一隻をタコ殴りにしに行って返り討ちに遭って壊滅した。そんな噂を垂れ流されて、ただでさえ風評を気にするお前は、周囲からの冷たい視線に耐えられるのかな?」
フレデリックの足を小突き彼を床に倒す。
彼は頭を抱え蹲り、嗚咽を上げる。
「僕は間違ってない僕は間違ってない僕は間違ってない……」
「いいや間違っているぞ。だから負けた。だから勝てない」
「くっ……!」
「さあ、選べ! 奴隷になって生きるか! それとも名誉のためにここで死ぬか!」
フレデリックは首輪を首元まで持っていく。
涙をぼろぼろ溢しながら、彼は呟く。
「死にたくない……死ぬのだけは……」
フレデリックは、嗚咽を漏らし、首輪を自分の首に嵌めた。
首輪はカチッと音を立て、それから紫色の光を放つ。
「この首輪は特級魔導具じゃ。現代の技術では誰にも解錠出来ん。これでおぬしは完全にヴァーミリオン卿の奴隷となった。逆らうことも謀意を抱くことすらも出来ぬ。ご愁傷様じゃの」
「しかし本当に効果があるのでしょうか?」
「フレデリック、今どんな気分か聞かせてくれ」
フレデリックは震えながら口を開く。
「こ、心の奥底から……忠誠心がふつふつと湧いてくる……! あなた様に、ヴァーミリオン様に仕えることが、僕の生まれてきた意味なのかもしれない! 兄さん、いや、魔王様! ヴァーミリオン様! 僕はあなた様のためなら何でも出来る! 勇気! 僕は今、兄さんに忠義を尽くすための勇気を手に入れた! ああ、僕は今までなんで兄さんのことを殺そうと思っていたんだろう……! 兄さんに仕えるこの幸福になぜ気付かずにいたんだろう……!」
フレデリックは私の前に傅く。
「我が魔王、ヴァーミリオン様! この僕にご命令を! どんな命令でも僕は必ずやり遂げて見せる!! 兄さんにもらったこの大事な首輪にかけて、必ず!!」
「それならそこの柱を使ってポールダンスでもしてみせろ」
フレデリックはポールダンスをし始める。
どうやらこの首輪、思った以上に精神干渉が強いらしい。
私はポールダンスをしているフレデリックにこれから先の命令を与える。
「フレデリック、お前はこれから王宮での信頼を回復し、再び王の座を狙え。トロイメライを追いかけ回せ。奴に王位をくれてやるな。王宮の情報は逐次パーシヴァルを使って私に報告しろ。それと、ゼンという男に気を付けろ。奴には絶対に近付くな」
「その命令……絶対に果たしてみせるよ、兄さん……!」
フレデリックはポールダンスしながら答える。
「兄さんに貰ったこの大事な首輪にかけて、僕は絶対にこの国の王になってみせる!」
「パーシヴァル、お前はフレデリックの近くでコイツが本当に大丈夫か見ておけ。あと、何かあれば使いを出せ。お前のスキルがあれば私たちがどこにいるのかはいつでも分かるだろう」
「うぬ。あと、そちらからわしに呼びかける際にはメモを使っとくれ。【千里眼】はあくまで視覚情報のみの伝達じゃからな、声は聞き取れないことを把握しといとくれ」
私たちはフレデリックをパーシヴァルに任せ、魔戦艦に戻った。
「ヴァーミリオン卿、お主は戦力の少なさが問題だと言っておったな!」
船の向こうからパーシヴァルがこちらに声をあげる。
「ああ、今の我々には圧倒的に力が足りていない」
「そんなお主に耳寄りの情報じゃ。インドのニューデリーでゼンが新たな古代遺跡を発掘しよった。その遺跡から超古代兵器が発掘されたのじゃが、まだ解析が進んでいないようで誰にも起動が出来ておらん状況じゃ。この巨大兵器を強奪出来ればこの先で何かの役に立つかもしれん」
「古代文明の巨大兵器か……私の【スキル】を使えば起動の目はあると」
「そういうことじゃ!」
「いいだろう、我々はニューデリーを目指す!」
魔戦艦は帆を張り、風を受け、ゆっくりと進み始める。
この世の終わり、ラグナロクに対処するためにはどれだけ力があろうと足りないだろう。
父王が何をするにしても、あのゼンという男と組んでいる以上は、ロクでもない未来がやって来ることは想像に難くない。
フレデリックとパーシヴァルに王宮のことはひとまず任せるとして、今、私は彼らに対抗出来る力を欲している。
何が何でも超古代兵器は必要だ。
それに、私はアヴァロンで約束をしてきた。
マーリンを、あの偽りの楽園から奪い去ると。
彼女は強い。
しかし、たった一人の少女が背負うには人類の救済は重すぎる責務だ。
そんなもの、誰か一人に背負わせていいものではない。
あの孤独な宇宙の牢獄の中で、彼女は今も一人で泣いている。
二千年も苦しんで、これから先もその地獄が続くというのなら。
それがこの世界が彼女に課した運命だと言うのなら……。
私は、その運命を破壊してみせよう。
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