第五章 『トロイメライ編』

第30話 王宮にて

 あれから一週間が経った。


「ああ! なんて生きていて楽しいんだろう! あれもこれも、全部兄さんのおかげだ! 兄さんが僕に生きる価値を与えてくれた! 僕の人生にハリを与えてくれた!  もう兄さん無しでは僕は生きていけない! 兄さんだけが僕の生きがいだ!」

「完全に狂っておる」

「失礼な! 僕はただこの世の真実を語っているに過ぎない!」


 フレデリックは王宮を歩きながら自らの首に装着された奴隷の首輪を撫でる。


「兄さんは僕の救世主だ。僕は兄さんのためにこの国の王になる。兄さんが僕にそう命令してくれたんだ。僕は兄さんの期待を裏切るわけにはいかない。兄さんのためなら僕はどんな手段も厭わない」


 フレデリックは厨房に入ると、トロイメライの夕食に毒を混入する。


「僕は今までバカだった。僕なんかが兄さんを暗殺出来るわけなんかないのに、でも、それもこれも無駄なことじゃなかったんだ! 今思えば、あれは兄さんが僕に与えてくれていた試練だったのかもしれない! 今なら分かる。兄さんはこの時のことを見越して僕に暗殺の機会を与えてくれていたんだ。僕は今まで何度も兄さんに毒を盛ってきた。この毒もそうだ、フグ毒とトリカブトの毒には拮抗作用があって、同時に摂取すると互いの効果を弱めあうんだ。この調合比率で使えば、トロイメライは毒を摂取してから数時間後にひとりでに心不全を起こして死ぬことになる! 完璧だ! 兄さんありがとう! これは僕と兄さんの二人の経験が起こした奇跡! かくして僕は王となり、兄さんに褒められる!」


 その様子を影から見ていたトロイメライは廊下を引き返す。


 フレデリックがヴァーミリオンを討ちに行けばどちらか片方は死ぬとトロイメライは踏んでいた。だが事実は小説より奇なりだ。なぜかフレデリックはヴァーミリオンを殺さずに戻って来た。それどころかヴァーミリオンに忠誠まで誓っている。

 あの二人が手を組むのは完全に想定外だ。


 マズい。

 トロイメライはため息を吐く。


 今までずっと暗殺され続けてきたヴァーミリオンと違って、トロイメライは毒を盛られた時にどうやって対処すればいいのか分からない。フレデリックのことだ、毒以外の方法での暗殺も近いうちに実行するに決まっている。


 逃げなければ。

 フレデリックを前線送りにして王宮から締めだすことでこの数日は身の安全を守っていたが、こうなってしまってはトロイメライが王宮を出るしかすべはない。


 メイドや執事に身支度を手伝わせ、トロイメライは馬車に乗り込んだ。


 現状、トロイメライ派は人気がない。

 影武者のヴァーミリオンが無能を演じていたせいもあるし、本物のトロイメライがずっと影武者を立てて身を隠していたという事実も、あの宵の宴で王宮全体に知られてしまった。


 現状でトロイメライが王位継承権第一位であることは事実だが、フレデリック派が勢いづけばいつ殺されてもおかしくはない。


 トロイメライは懐から注射器を取り出した。

 ゼンの研究室から盗んできたものだ。

 これを従者に打ち込み巨獣化させ、前線で手柄を上げる。


 アルフォンスは武闘派だった。

 前線で手柄を上げれば、そのままアルフォンス派を引き込むことが可能な筈だ。


 目指すは中東戦線。

 ここ十数年、ずっと戦局が硬直したこの場所で、風穴を開けることで国民感情に訴えかける。新しい時代の英雄が現れたと。そうでも思わせなければ、トロイメライはジリ貧だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る