第49話 真実

 まぶしすぎて直視できなくなった光が徐々に弱まると、そこには赤いローブを羽織った男性キャラが立っていた。


 その頭上に表示された名前は「トラヤヌス」。


 忘れもしない、俺たちがこのゲームからログアウト出来なくなったあの時、説明に現れたゲーム世界の管理者、アドミニストレータAIだ。


 あの時は遠くて見えなかったが、名前の頭に記号のようなものが付いている。


 それがアドミニストレータの権限を示すものなのかもしれない。


「おめでとうございます。ゲームクリアを確認いたしましたので、これより状況説明をさせていただきます」


 8人が一斉にざわつきはじめる。


 それぞれに宿る感情は、喜び、戸惑い、怒り、あるいはそれらの複合体か。


 このゲーム空間から開放されるかもしれないという喜び。


 これからどうなってしまうのかという戸惑い。


 何の説明もなく、いままで苦労させられたことへの怒り。


 それらの感情が入り混じり、トラヤヌスへと向けられている。


 そのような状況を察知できないのか、あえて受け流しているのか、トラヤヌスは変わらぬ口調で話を再開する。


「なるべく専門用語は使わずに、厳密性や具体性よりも分かりやすさを重視して説明させていただきます。

 事の始まりは、21世紀の初頭に発見された宇宙の一角における発光現象でした」


 予想外の言葉に、一同は口をあんぐりと開く。


「待て!いきなり何を言い出すんだ?」


 最大手ギルドのリーダーが、皆を代表して口を挟む。


「状況の説明でございます⋯」


 あくまでトラヤヌスは平常運転。


「なんで、いきなり宇宙の話になる?」


「先の話までお聞きいただければ、ご納得いただけるかと存じます」


 俺たちは顔を見合わせた。


 納得しがたい表情をするものもいたが、ここは話を聞くしかないだろう。


「わかった、続けてくれ」


 リーダーが先を促す。


「ありがとうございます。

 事の始まりは、21世紀の初頭に発見された宇宙の一角における発光現象でした。

 観測と研究の結果、これは超スピードで地球へ向けて飛行する恒星間宇宙船の減速行動であることが判明いたしました。

 進行方向への逆噴射を行うことで、スピードを落とすのでございますね」


 俺たちは、さらにポカンと口を開いていたと思う。


 トラヤヌスは、委細構わずといった調子で話を続ける。


「つまり超スピードで地球へと接近しつつある恒星間宇宙船が、目的地への到着が迫ってきたので少しずつ減速を始めたということです。

 到着が迫ったと言っても恒星間規模の話ですので、人間の感覚からすれば到着はまだまだ先の話でございます。

 地球に向かっている宇宙船ですが、誰が乗っているのか?何が目的なのか?これらは推測することしかできません。先方は何のメッセージも送ってきていませんから。

 推測の結果ですが、来訪者が友好的か敵対的かのパターンに分けて考えられました」


 そこまで言うと、トラヤヌスは目の前の空間に大型のウィンドウを開いた。


 そこには箇条書きで3つのパターンが書き込まれている。


 ①人類の存在に気付いていない


 ②人類の存在に気付いており、友好的


 ③人類の存在に気付いており、敵対的


「他にもさまざまな亜種が考えられますが、この3つのパターンについて考えてみることにいたしましょう。

 ①の場合、こちらの存在を知らしめれば何らかの反応があるかもしれません。

 太陽系に知的生命が存在しない前提で母星を出発したのだとしたら、人類を制圧するだけの十分な下準備も無いでしょう。

 ②についても、友好的な存在ならば人類にとって喜ぶべき発見となります。

 枝葉ではさまざまな問題が発生するでしょうが、大局的には歓迎すべき出来事です。

 控えめに言っても、敵対的な来訪者よりもマシでございましょう」


 いったん言葉を止め、俺たちを見回してから続ける。


「問題は、③の場合です。

 彼らは我々の文明レベル・技術レベルを把握し、それでも勝てるだけの準備を整えて母星を出発している可能性が高い。

 人類の最高意思決定機関、⋯面倒なので人類としましょう。人類は、これを問題視しました。

 実際の調査結果をもとにした専門機関の推定でも、来訪者の意図は③である可能性が最も高いとされました」


 言っていることは分かる。


 だが、なぜ今この話を聞かされているのかが分からない。


 ⋯いや、分かりたくなかった。


(「俺たちが人間ではなくAIかもしれない」っていう話が、これに絡んでくるのか?

 あの話を知っているのは、俺だけだよな?)


 かつて「ワンウェイ ラッシュ・オンライン」の攻略情報を集めて冒険者をサポートしてくれていたプレーヤー・ジョーホーヤと交わした会話を思い出しながら、俺は周りに立つ7人の仲間の表情を盗み見るのだった。




「人類としては、『③ではない方に賭けて、能天気に彼らが到着するのを待つ』というわけにはいきません。

 そこで立案されたのが「オペレーション・ファイアウォール・ブリーチ(Operation Firewall Breach)」でして、略してOFBなどと呼ばれております。

 名称を覚える必要はございません。ただ、③に備える計画が発動したということでございます。

 人類側からも宇宙船を送り込み、来訪者が太陽系に到着する手前の地点での接触を試みようとする計画でございます。

 接触と申しましても互いが超高速ですれ違うだけですから、物理的に相手の宇宙船へ乗り込むわけにはまいりません。

 レーザー通信のような方法で、相手との接触を図り⋯」


 トラヤヌスが、再びウィンドウを指し示す。


「それにより、③かどうかを確認するわけでございます」


 俺は嫌な予感を押し殺しながら、トラヤヌスに質問する。


「それで、相手の意図が③だったら、どうするんです?」


 俺に正対するように身体の向きを変えたトラヤヌスが、重々しい口調で答えた。


「ハッキングによる迎撃行動に移行いたします。

 そのために制作された自律型ハッキングAIこそが、みなさまなのでございます」


 となりに立つライカが、正面を見据えたまま俺の手を探ってきたのが分かった。


 俺はその手を取り、お互いのぬくもりを求めて強く握りあった。

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