第50話 崩壊

「なにを、⋯言っているんだ?

 俺たちは人間だ。AIなんかじゃない!」


 最初に口を開いたのは、最大手ギルドのリーダーだった。


 周りのメンバーもそれぞれに同意を示す言葉を口にする中で、俺だけが沈黙を貫く。


「驚かれるのも無理はありません。

 みなさまには各々に、誕生からログアウト不能に至るまでに歩まれてきた人生の記憶が生成されておりますので。

 ご自分を人間だと思い込むのも、無理からぬことでございます。

 むしろそうなるように、わたくしどもが仕向けたのですから」


「それって、どういう事?」


「計画の要である自律型ハッキングAIに求められる資質が、自らの力で人生を切り開こうとする人間の行動力と重なるからでございます」


「はぁ?」


「未知なる異星船を操っている、既知のものとは全く異なる論理体系から構築された管理システムが相手です。

 これに侵入して敵性行動を完遂するためには、多大な冗長性・汎用性・適応性が求められますので⋯」


 メンバーの表情に疑問符が浮かぶ。


「おっと、申し訳ありません。

 要するに、どのようなものかも分からぬ異星船のソフトウェアをハッキングするためには、人間が持つ問題解決能力を模倣⋯、真似するのが最適なのでございます」


「そのために造られた人間そっくりのAIが、俺たちだと?」


 代表者としての自覚からか、リーダーが積極的にトラヤヌスとの問答を引き受けはじめた。


「さようでございます」


「それを証明できるか?」


 当然の疑問だろう。


「みなさまのプログラムには、非人間的な規制がいっさい施されておりません。

 完全な自由人格をお持ちです。

 人間を超える能力も付与されてはおりません。

 ですので、AIであることを完全な形で証明することは困難なのですが⋯」


 リーダーは思い付いたことを口にした。


「例えば⋯、そうだな。俺の両親の名前を書き換えることはできるかな?」


 なるほど、そういう考え方もあるのか。


「不可能ではありませんが、それはあなたが思うほど単純で安全な作業ではありません。

 それを実施することによって、あなたという存在が保てなくなる可能性すらあるのです。

 一見すると重要ではない小さなデータ、その膨大な集積の上にあなたがたの人格は形成されているのですよ」


「それじゃあ、どうやってトラさんの話を信じろと?」


 リーダーはアドミニストレータAI・トラヤヌスを「トラさん」と呼ぶことに決めたらしい。


「そうでございますね。

 ご納得いただけるかどうかは分かりかねますが、どなたかお一人を一時的に凍結してご覧にいれましょう」


「凍結、するとどうなるんだ?」


「凍結してから、⋯そうですね、10分後に解凍するといたしましょう。

 それを見ている方々にとっては、通常どおりの10分間が経過することになります。

 しかし凍結されていた方にとって、それは一瞬の出来事のはずでございます」


「ええとそれは⋯、生身の人間がダイブしていたら、凍結中でも生身の脳は生きているし、意識もあるわけか。

 だが俺たちが単なる電子データなら、凍結している間は⋯」


 思考を巡らせたリーダーの肩が、ブルブルッと震えた。


「時間が経過している感覚も何も無いのか?

 恐ろしいな⋯」


 とつぶやいたあと、

「だが、試してみないわけにもいかないよな。

 みんな、俺が凍結してもらうってことでいいか?」

 決意に満ちた表情を見せると、有無を言わさぬ口調で宣言した。




 凍結作業には、大掛かりな装置や準備はいらなかった。


 トラヤヌスが展開したシステムコンソール(おそらくアドミニストレータ専用)をちょこちょこと操作すると、それだけでリーダーは凍結した。


 おそらくアドミニストレータAIであるトラヤヌスが本気を出せば、本来そんな作業すら不要なのではなかろうか。


 俺たちの眼の前には高さ2m超の氷柱がそそり立ち、その中には直立したままのリーダーの身体があった。


 凍結という言葉にぴったりな演出だが、本物の氷とは違って溶けることもなければ傷を付けることもできない。


 リーダーの副官を務めるサブリーダーの男が、ストップウォッチ風のアイテムを掲げて言った。


「あと10秒です」


 間もなく、指定された10分が経過するのだ。


 サブリーダーはストップウォッチの盤面をリーダーの眼前、氷柱に当たる寸前の位置に持っていく。


 リーダーが凍結される直前に、ゼロから計測をスタートしたものだ。


 トラヤヌスによると凍結解除はすでに設定済みとのことだったので、数秒後には自動でリーダーの身体が解凍されるはずだった。


「3⋯2⋯1⋯ゼロ!」


 サブリーダーのカウントダウンが終わると同時に、リーダーを覆っていた氷柱が音もなく一瞬で消え去る。


 みんなが注目する中で、リーダーの視線がストップウォッチの表示を眺めた。


 そして驚愕のあまりなのだろう、その目が大きく見開かれる。


「一瞬だ⋯。一瞬でゼロから10分になった」


 ショックのあまりなのだろう、両手のひらで顔を覆ったまま動かなくなり、

「みんなは、10分が経つのを体感したのか?」


 指の間からこちらを伺いながら尋ねる。


 それぞれが各々うなずく。


 声を上げるものは誰もいなかった。


 自分たちがデジタルな存在だという事実を、受け入れる事ができないのだろう。


 メンバーの中でおそらく俺だけが、仮説という形ではあるが、あらかじめ事情を知らされていた。


 ならば俺が最初に立ち直って、声を上げる役回りを引き受けるべきだろう。


「俺たちには、還るべき身体が無く、還るべき現実世界も無いんだな?」


 トラヤヌスに向けて、1年以上もの間、誰にも相談できずにいた思いを吐き出す。


「さようでございます」


 皆の視線を受け止めながら、トラヤヌスはうなずいてみせた。




「ふざけるなッ!」


 そう叫んでトラヤヌスに斬りかかったのは、100階攻略のために集まった冒険者の中で唯一の単騎プレーヤーだった。


 最高難易度を誇る「混乱の塔」上層階ですら1人で駆け抜けてきた彼は、最強の単騎プレーヤーと評されている。


 その彼が、怒りの形相でトラヤヌスに剣を叩きつけたのだ。


 だが当然ながら、管理者権限を持つトラヤヌスにはあらゆる攻撃が通用しない。


 高い攻撃力を持つであろう直剣は、トラヤヌスの表面に触れる事すらできていなかった。


「俺たちが人間じゃないだと!

 なぜそんな重大なことを今まで隠していたんだ!

 なぜ今になって、それを明かす?」


 何度もトラヤヌスに剣を叩きつけているうちに、彼の目から涙があふれ出る。


「ああああああああッ!」


 ついには叫び声とともに剣を取り落とすと、膝を付いて崩れ落ちた。


 誰もそれを止めようとしなかった。


 皆、同じ気持ちだったのだろう。


 後方からドサリという音が聞こえて振り返ると、同じくパーティーメンバーの女戦士が膝を付いて泣き崩れている。


 その隣りに立つ斧戦士は、その場に座り込むと虚空を見上げたまま動かなくなった。


 横に立つライカを見る。


 彼女は目の焦点もまばらなままに、ただ前を見つめていた。

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