第48話 相打ち戦法

 離れた位置で相対するやいなや、残像を残すほどの速度で剣神が突進を開始した。


 あきらかにスピードが上がっている。


 俺の間合い直前でストップすると、剣神はタイミングを外してからの横薙ぎ払いを仕掛けてきた。


 一瞬で懐に入られてしまった。


 なんとかカタナを立てて弾き返すが、曲刀は素早く弧を描いて別の角度から迫ってきた。


 息もつけない連撃をかわす、弾く、受け止める。


 剣神のステップ、体さばき、曲刀の振り、⋯強化イベント直前までのそれを明らかに上回る速度だ。


 俺は細かいダメージを負いながら、守りに徹することでなんとか均衡を保つことしかできない。


 とてつもないレベルでのスピード強化だった。


 おそらく、剣神の「強化イベント」内容がスピード一点集中型なのだろう。


 連撃の僅かな合間を縫って反撃の一振りを繰り出すが、剣神のステップの前にあえなく空振りする。


 空振りで体勢が崩れ、生まれた隙を剣神が突く。


 ヒットポイントが少しずつ削られていく。


 何もできないまま、残りのヒットポイントは20%程度にまで減少していた。




 アイデアが浮かんだ。


 通常の攻撃は当たらない。


 だが剣神の攻撃中に、相打ち覚悟の攻撃ならどうか?


 これは生身の人間の真剣勝負ではなく、ゲーム世界の戦いだ。


 相打ちや、それどころか一瞬遅れでもいい。


 相手の攻撃をもらう覚悟で挑めば、当てることができるのではないか?


 正統派な物語の主人公ならば、最後の最後で相手を上回る一手を打つのかもしれない。


 それに比べれば相打ちを狙う行為など、かっこ悪くて泥臭いかもしれない。


 だが、それしか手段が無いなら、やるしかないのだ。


 こちらのヒットポイントが減り過ぎてしまったら、相打ちの後に倒れているのは俺の方になってしまうかもしれない。


 チャンスは今だけだ。


 まだヒットポイントが残っている今しかない。


 覚悟を決めた俺の心からは雑念が取り払われ、急速に集中力が増していった。




 体勢を崩され、頭部ががら空きになる。


 半分は誘いだが、半分はほんとうに体勢を崩されたものだ。


 チャンスと見た剣神が曲刀を振りかぶり、上段斬りを放つ。


 俺は守備を捨て、剣神の身体が迫りくる空間にカタナの切っ先を導いた。


 カタナで「突き」にいくというより、剣神が当たりにくる場所に切っ先を「置いておく」イメージだ。


 剣神の曲刀が頭頂へ迫る中で、わずかに身体をひねってギリギリで頭を守る。


 曲刀は右肩口から入り、俺の身体を斜めに切断した。


 と同時に、剣神の胸部にカタナの切っ先が触れる。


 斬られたダメージで右手に力が入らないが、右手で握られたままの柄の一箇所を支点に、左手一本で刃先がブレないようにカタナをコントロール。


 剣神の身体は上段斬りの勢いのまま、自らカタナの剣先から刀身へ「ずぶり」と貫かれ、止まった。




 剣神の目が見開かれ、俺を見つめた。


 俺はカタナの柄をひねり、剣神の身体に開いた傷口を拡張する。


 次の瞬間。


 剣神の身体が光りに包まれると、あっけないほど簡単に四散した。


 無意識に、視界の隅にある自分とパーティーメンバーのヒットポイントバーに目を向ける。


 俺のヒットポイントバーはほぼ赤色で、ほんの一欠片だけ緑が残っている。


 パーティーメンバーのヒットポイントを表す7つのバーは、それぞれが50〜70%ほどを残した所で止まっている。


 周りを見ると、剣神が倒れたからなのだろう、配下のモンスターたちも消えていた。

 どうやら、「混乱の塔」100階攻略は達成されたようだった。




 7人の仲間が駆け寄ってくる。


 自分のヒットポイントが徐々に回復している。


 剣神戦が終わったと判定され、自然回復が再開されたのだろう。


「シロー!」


 最初に飛びついてきたのはライカだ。


 他のメンバーはライカに一番を譲ってくれたようで、一拍置いてから俺とライカを囲むように集まってくれた。


「ありがとう。見事な戦いだった」


 チームの中心となった最大手ギルドのリーダーが、握手を求めてきた。


「こちらこそ、ありがとう。みんなが持ちこたえてくれたおかげだ」


 リーダーの手を握り、感謝の意を伝える。


 皆が喜びにわき、興奮した面持ちで互いの健闘を称え合っている。


(いいチームだったな)


 メンバーの顔を見ながら、ここ数ヶ月間の苦労を振り返った。


「混乱の塔」の攻略には、あまりに多くの労力と時間が費やされたのだ。


 誰もがこの塔の攻略を最終コンテンツだと信じたからこそ、耐えることができたのだろう。


 そしてそれが終わった今、次に起こることが何なのか、恐ろしくもあり楽しみでもある。




 談笑がひととおり済んだタイミングで、誰ともなく、全員が不安そうに周囲を見回した。


 俺たちの思うところは、おそらく皆同じだろう。


 つまりは、「この後、何が起こるのか?」だ。


 単にひとつの討伐が終わっただけで、このままゲームが続いてしまうのか。


 それとも、なんらかの区切りが用意されており、このゲーム世界から開放されるのか。


 誰もが、その答えを一刻も早く知りたかったのだ。




 そんな中で、最初に変化に気付いたのはライカだった。


「あれ、なんか光ってる⋯」


 彼女が指さす方向に、皆が顔を向ける。


 俺たちの人の輪の外、わずか1mほど先の空間がわずかに発光している。


 見つめている間に、光は徐々に強くなってくる。


 この現象には見覚えがあった。


「あの時と、同じだ」


 誰かがつぶやいた。


 他の皆もそれぞれが、俺たちが「ワンウェイ ラッシュ・オンライン」からログアウトできなくなったあの日のワンシーンを思い返しているに違いなかった。

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