結句:夜半の月

 追う瞳 見しやそれとも わかぬ間に

 簾や降るる 夜やは明くる


 舞台を降りようとしていたうたうが、足を止めた。

 まっすぐに、自分の想いを乗せた。ほとんど言いがかりみたいだった。『うたうの瞳を追いかけてきた。それを見て、そうだとわかる前に、簾は降りてしまうのだろうか、夜は明けてしまうのだろうか。いや、そんなはずがない』そういう和歌だ。

 紫式部の和歌を本歌取りして、うたうの和歌と対にしている。『めぐり逢いて 見しやそれとも わかぬ間に 雲がくれしに 夜半の月かな』という元の歌は、再会した友人が慌ただしく去ってしまった寂しさを、月が雲へ隠れることに重ねて嘆いている。

 そのやるせなさを継ぎつつ、かつてのうたうに応えたいのだという気持ちを、『簾や降るる 夜やは明くる』で訴えている。『簾を上げて ともに見むと』、『うたい交わそう あくまでも』。いつかそう詠んだうたうを揺さぶって、あたしを見てもらう。そんな祈りをこめて。

 うたうが身じろぎする瞬間が、ごくわずかな時間だろうに、永遠のようだった。うたうの肩が上下して、それからゆっくりとこちらを振りむくのを、固唾を呑んで見守った。

 わたりあいは続く。終わりになんてならない。

 終わらせない。あたしだけじゃなく、この場の全員がそう確信していた。汗ばむような緊張と興奮が、会場に満ちている。

 うたうが踏みだすことはない。あたしが踏みこんだから。それでも、返す言葉は決して尋常なものではない。あたしは期待とともに、それを待った。

 追いかけてきた、瞳。

 夜空の中に視た暗黒が、あたしを慄かせた。

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