第五章 引き合うふたりが謳うもの 1
サスとシリムの報告により、ローズミル南部に位置する、「テーデ」と名付けられたその
サスとシリムはローズミル調査団の本部へ召喚され、現地で見聞きしたことの調書を取られた。ジュキナを懐柔していたこと、リライがローズミル周辺にいたこと、構成員の士気が非常に高いこと──そのひとつひとつを落ち着いて証言するうちに、サスの胸中にある予感が芽生え始めていた。
「──潜伏派の標的とする都市は、ローズミルだ」
そして、その予感は的中してしまう。
テーデ調査が始まって数日後、団長室へサスを呼びつけたコーストリアは、開口一番にそう言った。サスの背筋にヒヤリと冷たいものが走る。
「リライがあらかじめ声明を出したのは、こちらを警戒させ、ローズミル駐在の戦力を他地域へ分散させるためだろう。テーデの発見がなければ、実際そうしていた」
「なるほど……しかし、どうしてこんな堅牢な街を。ありえないと言われていたのに」
「調査の中で、相手は君が倒したあの爬竜型のほかにも、多数の子飼いのジュキナを各地拠点に分散し、調教しているとわかった。侵攻日に向けて南部前線へ集結させているようだ。この星に統率のとれたジュキナの軍勢に対応した備えを持つ街はない。どうせレタームの新たな首都とするなら、施設の整った居抜き物件の方が良い、という判断だろう」
ローズミルの外に広がる草原に、ずらっとジュキナの並ぶ光景を想像して、サスは生唾を呑み込んだ。
「リライは完全に勝つつもりでいると」
「ああ、そして、実際に勝ち目は濃い。ジュキナの大群を前に防衛力など無に等しい。こうして君らが情報を持ち帰らなければ確実に負けていただろうし、情報を掴んだ今でも怪しいところだ。敵もそれをわかっているから、情報が漏れても静観を続けている」
コーストリアは窮したように、こめかみをしきりに叩きながら言う。ジュキナの調教が一朝一夕で成るはずがない。潜伏派の侵攻作戦は声明のずっと前から始まっていたのだ。
「ここでローズミルを明け渡すことになれば、アズヴァ情勢は崩星以前へ逆戻りに」
「ああ。断じて負けは許されない。そのために、急遽各地から戦力を募っている最中だ。それで──その招集に応じた者の中に、特に君と顔を合わせたいというのがいてな」
「はあ……」
わざわざサスを呼びつけたからにはなにかあると思っていたら、客人らしい。しかし、団長であるコーストリアが直々に取り次ぐような重要な相手となると、心当たりがない。
内心首を捻っていると、廊下の方からコタン、コタンと特徴的な足音が聞こえてきた。
「──来たようだな」
扉が開く。真っ先に目についたのは鮮やかな長い金髪、それから鼻立ちのはっきりした顔が現われる。サスと同じ榛色の瞳がこちらを向き──ふっと緩められる。
「サス、久しぶり」
息が止まるかと思った。サスは自分よりも少し高い位置にある彼女の顔を見上げた。
「姉さん……どうしてここに」
「指揮官として来た。状況把握が私の本領だからな。戦闘はできずとも指図はできる」
姉レメ・ルンターズは明快に答え、その銀色の右腕をちらつかせた。彼女の右腕と右脚はエトラの作った魔装肢になっており、既に日常生活には支障がないレベルで使いこなせている。
「戦闘せず上から指図とは、良い身分になったものだな、姉上殿」
コーストリアのあからさまな嫌味にレメはきゅっと顔をしかめる。
「口の悪さは相変わらずだな、ヴァルド。そんなことより首都から例のヤツ、試作段階だけど持ってきたぞ。住民に見られないようにわざわざ深夜に埋めたんだ、感謝しろよ」
「ああ、感謝しておく。だからサス・ルンターズをここに呼んだことも感謝しろ」
「はいはい、ありがとな。それと……これ、見つかったって?」
レメが銀色の小指を立ててみせると、コーストリアはうなずき、机に置いてあった小さな袋を手に取った。
「弟の手柄だ」
「ああ、知ってる。ありがとう、サス」
「え……それ、なに?」
わけもわからずに問うと、レメは袋の中から指でつまめる程度の小瓶を取りだした。
「テーデのリライの居室らしき場所で見つかったらしい、私の右手の小指だ」
「えっ」
ぎょっとして覗き込むと、確かに第一関節から先の指が浮かんでいた。比較のためか、レメは左手の小指を並べてみせる。よく似ていた。
『奴はお前の姉の手足がよほど気に入ったらしい。なかなか回収できず、難儀した』
リライがそう口にしていたのを思い出す。気分が悪くなってきた。
「あいつ、姉さんの手脚を回収して、コレクションしてたってこと──」
「その程度の狂いぶりで済んでるならいいが」
レメは指を袋に入れ、懐にしまいながら相当不穏なことを言う。それに対して、コーストリアが口を開いた。
「テーデからお前の手足に言及した研究資料も上がっていて、その解析を研究部に回してる。まあ、ジュキナを遺伝子操作して手懐けてるような連中だ、お前の手足もロクな使われ方をしてないと覚悟しとけ」
「うん、わかってる……返答期限までになにか掴んでほしいところだ」
物憂い口調でレメが言う。リライの要求に対するハクヌス側の返答期限翌日が、侵攻日となる。その日のことを意識すると、否応なしに気が張った。
その後、調査団上層部による会議のために、サスは団長室を追われた。そもそもいる必要がなかったのに、レメの一存で無理に呼ばれたらしかった。
「ごめん、サス、ちょっとでも顔を見ておきたくてヴァルドに頼んだんだ。本当に無事でよかった。成果が出たことは嬉しいけど、あんまりな無茶はするなよ。後でまた時間を見つけて話そう」
別れ際、レメから早口で一方的にそう言われ、父のことは聞きそびれてしまった。言うとおり、後で話を聞くしかなさそうだ。
それよりも今、サスには向き合わなければいけない問題がある。
調査団本部の建物を出ると、自分の部屋へと足を向けた。
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