第13話 嵐の訪問者②

 伊勢海スバルが来てから、あおいはずっと不機嫌だった。それに気づいてたのは、わたしと沙織だけだったけど。

 あのあとは周りのクラスメイトに取り囲まれて、伊瀬海スバルとは知り合いなのかとか、どこで仲良くなったんだとか色々質問攻めにあった。初対面なのに。

 帰り道を3人で歩きながら、聞いてみる。


「あおい、沙織。結局、伊瀬海スバルは何がしたかったんだろう?」

「さあ? でも、あの先輩についてちょっと調べてみたよ」


 そういうと、沙織はスマートフォンを取り出した。そこにメモしてあるらしい。


「伊瀬海スバル、高校2年生。身体能力が高くかなり身軽。学校内ではましろの次に運動神経がいいとされている。明るくて誰にでも優しいから、みんなから好かれている――だって。まあたしかに、第一印象チャラチャラしてたよね」

「チャラチャラっていうか胡散臭い爽やか野郎だと思ったけど」

「胡散臭いと爽やかってイメージ真逆じゃない?」

「まぁ、そうかも。それにしてもよく調べたね?」


 沙織の情報収集能力、すさまじい。ライトにスカウトしたいくらいだよ。


「……あおい、そんなへそ曲げる場合じゃないよ。うかうかしてるととられるからね」

「……知ってる」


 え、ちょっと待って。ナゾの会話が始まったんだけど!


「え、なんの話?」

「なんにもー? ただ、ふたりとも鈍感だねぇって話」

「「はぁ?」」

「……息はぴったりなんだけどね」


 苦笑した沙織は、交差点の先を指さした。


「じゃ、あたしこっちだから。伊瀬海スバルには要注意だと思うよー!」


 バイバイ、と曲がり角を曲がる沙織。


「……たしかに、伊瀬海スバルはなんか怪しいけど」

「そうだな。……とりあえず、帰るか」

「そうだね」


♢◆♢


「じゃあ、またあとでね」

「ああ」


 家の前であおいと別れて、玄関のドアに手をかける。

 わたしとあおいは、幼なじみでお隣さんでもある。またあとで、一緒に夕飯を食べる予定だ。


「ただい――ぬわああああああああああああああああっ!!」


 ガタゴトガタッ ガタン!


「ましろ、どうした!?」


 家に入りかけたあおいが、飛び出してくる。

 で、わたしを見て、――いや、大量のスーツケースに埋もれたわたしを見て、あおいはすべてを悟ったような顔をした。


「大丈夫か?」

「あ……ありがと」


 差し伸べられた手につかまって、なんとか立ち上がる。


「あ、お帰りー……って、手なんて繋いじゃって。あんたたち本当に仲良しねー」

「もとはといえばママのせいでしょうがああああっ!」


 ブチリと堪忍袋の緒が切れて、今日1番の声量で叫んだ。


「うるさい! 近所迷惑!」

「だから! 誰のせいだって――!」

「ましろ、落ち着け」

「落ち着けないって!」


 あおいに言い返してから、わたしをスーツケースに埋もれさせた元凶――もとい、わたしの母親の涼風すずかぜ由子ゆうこを見上げた。


 ママはジャーナリストで、日本や世界中を飛び回っている。だから、家にいないことも多い。


 つい2週間前、トルクメニスタン(中央アジアにある国だよ)から帰国したと思ったら、3日間家に滞在しただけで今度は「北海道に取材行ってくる」と旅立っていったのだ。


「帰ってくるんなら、先に言ってよ!」

「急だったんだから仕方ないでしょ。お土産いっぱいあるから許して」

「わー! これ北海道で有名な某白いお菓子じゃん! 名産品の新じゃがいもにバターにアスパラガス、ジンギスカンまである――って! こんなんじゃ騙されないし!」

「今騙されてたじゃねぇか……」


 あおい、いらんこと言わなくていい。


「とにかく。わたしをスーツケースに埋もれさせた罪は重いんだから!」

「ひとり分で国内取材にしては、荷物多すぎませんか?」


 あおいの言葉で、いまさら気がついた。数えてみるとスーツケースは10個以上ある。


「3つはお土産、1つはアタシの荷物。それ以外は全部、あんたの親父の荷物だよ」

「え、パパ!?」


 国際NGOで働いているパパも、家にいないことが多い。

 今も海外にいて、支援活動をしてるはずなんだけど。


「もしかして、パパも帰ってきてるの!?」

「あの人はまだ。そろそろ帰るからって、荷物だけ送ってきてこのありさま」


 なるほど。


「って! だからってスーツケース玄関においとかないでよ!」


 開けたら全部出てくるって、押し入れか!


「とにかく、これを家の中に入れるぞ」


 スーツケースを運びだしたあおいにならって、渋々わたしも4つ持ち上げる。


「「やっぱり怪力……」」


 という2人の声は全力で無視した。

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