第23話 G.P.S.覚書〈その11:遺跡〉




 森小鬼の巫術師モグル・シャーマンとの接敵地点から半刻程の距離を歩いたところで 先頭がアイリスさんからキールさんに交代されます。

 遂に目指す遺跡が見えたのです。


 ラペリア帝国時代の駐屯地跡だそうで キールさんのお話によると遺物等は盗り尽くされ最近は見向きもされない〈枯れた遺跡〉だそうです。

 入り口は2ヶ所。

 今 わたくし共の方から見えている西向きの入り口が1つ。

 反対側に もう1つあるのだそうです。



 先程の接敵以降 森小鬼モグル達の気配はなく わたくし共の位置からは見張りの姿も見えません。

 無言のまま アイリスさんとアイコンタクトを取られると キールさんが音もなく 遺跡の入り口に向かって移動を開始されます。


 扉は既に失われ わたくし共の位置からは暗い洞窟のようにも見える遺跡の入り口。

 その入り口の横の石壁に背中をピタリとつけられた姿勢から 左腕を そっと伸ばし手鏡を使って中の様子を確認されるキールさん。


 こちらを振り向かれると複雑な手信号を送ってこられます。

 頷きながら 手信号で返事をされるアイリスさん。



「取り敢えず 入り口近くに敵はいないみたい……。静かにキールの所まで行くよ」



 声を潜めたアイリスさんの指示で そーっと移動を開始致します。



「なんか妙な感じなんだわ……」



 入り口横に辿り着いたわたくし共にキールさんが首を傾げながら 状況を説明して下さいます。

 入り口付近に見張りの姿が無い上に中からも 物音が聞こえてこない。

 しかしながら 鏡で見える範囲にも 食べ散らかした獣肉の骨等が見えることから この遺跡が森小鬼モグルの巣になっている形跡はある。



「もう この遺跡から 移動してしまったっていうことですの?」


「……分からねぇ。入り口近くにゃ 森小鬼モグルの足跡が いっぱい残ってるから ここに出入りしてたのは間違いねぇけど 出てったかどうかまでは……」


「中に入って確かめなきゃ しょうがないね」



 アイリスさんの決断に従い 各自武器を ご準備されます。

 わたくしも革張りの魔導書グリモアを もう1度 しっかりと持ち直します。

 キールさん シスター・フィーナ わたくし フィン アイリスさんの順で 遺跡内に入ります。


 薄暗い遺跡内。

 キールさんの仰る通り 食べ散らかされた獣骨や果物の芯などが 部屋の中に散乱し 悪臭を放っております。

 糞尿のような臭いも……。


 1部屋目。

 確かに森小鬼モグル達の姿は見えず 奥からも物音等は聞こえて参りません。

 学院の教室程の大きさの部屋は ごちゃごちゃと散らかり わたくしなどは眩暈を覚える程の乱雑で汚れた様子。

 ですが キールさんとアイリスさんは 何か発見されたご様子。



「これ…な」


「うん。食料だよね」



 キールさん達が見つけられたのは 壺のような物に蓄えられた木の実等と 後脚の部分が切り取られた鹿の死骸。

 この遺跡から 本拠地を移したのであれば 百匹近い大所帯 知能が低いとは言え食料等は運んで行くのでは? というお見立て。

 ……確かに 尤もな推測。

 とすると この静寂は 何が原因なのか?

 さらに 探索を進めて参ります。


 キールさんによると この遺跡は全部で10室あるのだそうでございます。

 その3室目におった時に わたくしは とあることが気になって参りました。

 隣にいるフィンにも 確かめてみます。



「は? 血の臭い? そんなの しねぇ……いや ちょっとはするな。けど こーゆー場所だし それくらいするんじゃねぇの?」



 こーゆー場所だから どうして血の臭いがすると言うのでしょう?

 相変わらず思考能力の無い低能赤毛猿。

 4室目では 明らかに血の臭いが漂って参ります。


 そして 4室目を出た所で ぎょっとするような光景を目に致します。

 2匹の森小鬼モグルの死体。

 1匹は 胴を貫かれ もう1匹は頚を刎ね飛ばされております。

 そして その後ろに広がる血の海……。

 どうやら 第5室の方から流れ出ておるようなのです。


 キールさんのお話だと 第5室はこの遺跡で1番大きな部屋 広間のような空間になっておるそうです。

 ですが 相変わらず 一切物音は聞こえて参りません。


 そして慎重に歩を進めた わたくし共は息を飲むような光景に遭遇致します。


 第5室。

 その通常の部屋の3倍程の広い空間を埋め尽くす 無数の 森小鬼モグル土小鬼ドグルの死体。

 ある者は真っ二つに斬り裂かれ ある者は胴を突き抜かれて息絶えてございます。


 わたくし共が入って来た方の出入り口付近には 特にず高く死体が折り重なっております。

 向こう側の進入口から入って来た侵入者から逃れようとしたのでございましょう…… その背後から一気に10体以上を刺し貫き 一撃で幾多の森小鬼モグルの頚を刎ね飛ばした者がおったのです。


 あまりに凄惨な光景にフィンにしがみつき顔をうずめます。

 幼馴染みは 肩を抱いてくれ その温もりにすがることで ほんの少し心の平静を保つことができますが それでも鼻を衝く 血の臭い。



「エグいな……。やったのアリシア様レベルのスゴ腕のヤツなのか……?」



 なんてことをっ

 なんてことをっっ


 アリシア様がっ

 アリシア様が こんなことされる訳がございませんっ。

 顔を埋めたまま ドンドンドンッと 力任せにフィンの胸を叩きます。



「痛てぇ 痛てぇって…… アリシア様がやったって言ってねぇよ。ゴメン。ゴメンな。ジーナ ゴメンってば」



 アリシア様が 高潔な王都騎士団アークナイツが こんな非人道的なことをする訳が無いのです。

 ……ですが。

 ですが わたくし共が森小鬼モグルを討伐できない時には 衛士隊や騎士団の方に討伐をお願いしようとしていたのでございました。


 森小鬼モグル達の命を奪うということに 何の違いがあると言うのでしょう……。

 

 いえ 戦意を失った者を背後から討つ等という……いえ わたくしも昨日 との理由で 後ろから森小鬼モグルへ〈魔力の矢マジック・ボルト〉を放ちました。


 ですが… ですが……

 ですが これは違うと思うのです。

 何が違うのか わたくしには 上手く言葉にすることが出来ぬのでございます。

 今のわたくしに出来ることは 幼馴染みの胸に顔を埋めて 吐き気を堪えることだけ……。



「あらあら~。この方 殲滅だけでなく 尋問までされてますわ~」



 普段と変わらぬ シスター・フィーナの にこやかな声。

 例によって 死体の検分を行ってらっしゃる ご様子。



「ほら 見て下さいな この緑のスカーフ巻いた土小鬼ドグル。この刺し傷 脚に2ヶ所。まず 動けなくしてから 次に腕と肩に全部で5ヶ所。致命傷にならないように 考えて突刺して そこから捻ったり抉ったりしてられますわ。そして 最後に喉を ひと突き」


小鬼グル系のモンスターには人語を話すヤツもいるって聞いたことあるよ……」


「……モンスター拷問して 何聞くんだよ……」



 アイリスさんとキールさんの声も痙攣ひきつってらっしゃいます。



「何でしょうかしらね? よっぽど知りたかったんでしょうね。ほら この付近の死骸 脚 斬り落として動けなくしてから 緑のスカーフの土小鬼ドグルに見える位置で殺されてますの。うふふ これも尋問の一環でやってますわね。百匹程 全部 お1人で殺ってらっしゃいますし 凄まじい槍の使い手ですわ……。北辺でも ここまでの方 なかなかいらっしゃらなかったですわよ」



 お仲間 皆が言葉を失う中 にこやかな口調でお話を続けられるシスター・フィーナ。

 それを遮るように アイリスさんが仰います。



「一応 向こう側の出口まで 確認しに行こう……」

 

 

 第5室から東口までの部屋にも累々と続く 森小鬼モグル 土小鬼ドグルの死体。

 全ての死因は 槍によるもの。


 圧倒的な侵入者に はじめは抵抗を試みたものの戦線は崩壊。

 西側の部屋にいた森小鬼の巫術師モグル・シャーマン達は遺跡から逃走を開始 そこに居合わせたわたくし共と遭遇戦になったのでしょう……。



 東側の出入り口から 遺跡の外に。

 そこにも数匹の森小鬼モグルの死体。



「あら? この傷 槍では ありませんわね?」



 確かに。

 先程まで 嫌ほど見た傷とは違い 引き裂いたかのような傷口。

 この数匹の死は 謎の槍使いによる仕業では無いのでしょうか……。


 付近の地面を確認してらっしゃったアイリスさんに呼ばれます。

 その視線の先には 巨大な猛禽とおぼしき 鉤爪の足跡 そして 少し離れた場所には微かに爪と肉球のような足跡。



「……ええ。そうだと思います。わたくし翼鷲獅グリフォンで間違いないと」



 ………。

 ……。

 …。



 

 ▶▷◀◁▶▷◀◁▶▷◀◁▶▷◀◁▶▷◀◁▶▷◀◁




 ここまで お読み頂きありがとうございました。


 【ジーナ編】

 いかがだったでしょうか?

 〈碧猫屋〉の3人組に比べると まさに駆け出しのジーナ達。

 もたもたした感じは否めません。

 おっかなびっくり なんとか冒険をこなしました。


 そして またしも過る翼鷲獅グリフォンの影。

 物語は また 翼獅子騎士団グリフォナイツをめぐる方向へと戻ります。


 ポンコツ騎士見習いリアンと〈碧猫屋〉の活躍にご期待下さい。


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