第15話 死神の大太刀 什伍

 菊之助きくのすけ狗神いぬがみ家の屋敷に向かう準備をしていた。その間の集落の守りは勘宝かんほう剛平ごうへいが受け持つ。


「小間使いのような事だけ押し付ける形ですまんな。剛平ごうへいは報告が下手だし、他の者では鋼牙こうが様の前に出ると萎縮してしまう。適任がお前しかおらんのでな。」


 菊之助きくのすけの背中に話しかける勘宝かんほう


「それは仕方のないでしょう。鋼牙こうが様の前に出るのは私だって緊張してしまう。古くから付き合いがある私ですらそうなんだから、他の者ならばな尚の事そうでしょうよ。」


 馬に鞍を乗せた菊之助きくのすけが振り返った。


狗神いぬがみ家は慢性的に人材不足ですから。小さな任でも受け持つ者が必要。そもそも、何の取り柄もない私がこんな立場で良いはずないんですよ。他の国に言ったら出世なんてできなかったでしょうし。本当に鋼牙こうが様は酔狂な方だ。」


 菊之助きくのすけが自虐混じりに言葉を吐き捨てる。


 菊之助きくのすけを高く評価しているのは狗神いぬがみ鋼牙こうがだけではない。勘宝かんほうもその一人。それぞれに得手不得手がある。しかし、菊之助きくのすけにはそれがない。高い水準で結果を出し続ける事ができる。要は仕事ができる、任せていい人間である。確かに特筆した何かをあるわけではない。それでも、組織の中では必要な人間なのだ。


 ため息をつく菊之助きくのすけ勘宝かんほうが笑って言う。


「そう言ってくれるな。俺も剛平ごうへいも得手不得手がはっきりしている。お前が近くにいて不足を補ってくれるから大胆に動ける。非常に助かっている。剛平ごうへいもあんな性格だから口にはしないが、きっと感謝しているさ。」


 騎乗した菊之助きくのすけ勘宝かんほうを見下ろした。


剛平ごうへいが・・・本当にそう思っています?」


 菊之助きくのすけに問われた勘宝かんほうが解を探す。


「いや、わからんな。」


「たぶん何も考えてないですって。」


 互いに戯けて笑いあった。剛平ごうへいをよく知る二人だから言える冗談でる。


「そろそろ行きます。相手の陣容がはっきりしていないので気を抜かないで下さいね。私は近くにいないので助けようがありませんから。」


 菊之助きくのすけの言葉を受けた勘宝かんほうが頷いた。


「そういえば、餓狼がろう殿はどこだろうか?頼みたい事があったのだが。」


 馬を進ませようとした菊之助きくのすけ勘宝かんほうへ目を向けた。


餓狼がろうは・・・。」



 勘宝かんほう菊之助きくのすけが話をしている時、餓狼がろうの姿は犬神の祠にあった。この場所は滝に隠れて表から見ることはできない。この場所に入るには滝の裏側に通ずる細道を通る必要がある。


 なんでここに犬神の祠があるんだろうか、餓狼がろうは不思議に思った。雰囲気的には龍神を祀っていても何ら不思議はない。


 今は日の出前。ここに来たのにも理由がある。犬神に確認しておかなければならない事がある。


沙流川さるかわ軍の動きについて聞きたいことがあったんだが。そう言えば・・・失敗した。首飾りを菊之助きくのすけに返してしまった。最悪の場合、犬神と戦うことになるか?・・・死神の次は神殺しの異名が付くのはどうなんだろうな。」


 犬神に負ける事など微塵も考えてはいない。


 餓狼がろうは祠がある洞窟の中を見て回った。しかし、犬神の姿は何処にもなかった。


「またか。何処に行ったんだ、アイツ。」


 餓狼がろうが腕を組んで溜息をついた。


 ここより北方、霊峰である東山を超えた先は沙流川さるかわ家の領地だ。その地には猿神と呼ばれる知恵の神が祀られている。猿と犬。その名が示す通り、両者は犬猿の仲である。


「さて。犬神を探そうにも、アイツが行きそうな場所に心当たりなんてないぞ。前回が初対面だったんだから仕方ないけどよ。なんだったら置き手紙くらい・・・。」


「それは無理があるってものだ。我は人の文字は読めても書けはしない。」


 餓狼がろうは言葉を背中にかけられて振り返る。そこには犬神が居た。


「そんな手じゃ、筆は握れないか。」


 餓狼がろうが肩を竦める。すると、犬神が口元を緩めた。


「厳密には手ではない。貴様らの言葉を借りるなら前足。貴様も足で筆は握らんだろ?」


「ごもっとも。そもそも、お前が人の形をしていたら文字くらい書けそうなものだがな。」


 犬神は言葉を交わしつつ洞窟の中へ足を進める。そして、祠の横で腰を下ろした。


「それで、今回ここに来たのは何用だ?まさか我の顔を見に来たってことでもあるまい。」


「察しが良いな。さすがは神様。それじゃ単刀直入に聞くが。お前、沙流川さるかわ軍がこの地に入り込んでいるのを知っていたか?」


 餓狼がろうの問を受けた犬神が前足の上に顎を乗せた。興味が無いと態度が示している。


「知っていたらなんだ。そもそも、我がそれを認知していないと思っていたのか?だが、知っていたからと言って我が人間の争いに介入することはない。無論、この山に火を放とうって馬鹿が居るなら屠ってやるがな。」


 こう言った犬神がフフフと笑った。


「今回の案件は猿神が介入しているってことはないのか?確かに沙流川さるかわ兵の練度は高い水準なのは知っている。だが、そんな兵をもってしても、今まで越えて来なかった霊峰を越えて来るだろうか。奇襲を画策しての動きなんだろうが、全滅の危険を背負ってまで実行するか?そこが解せないんだよ。」


 犬神がジッと餓狼がろうを見つめる。何を考えているのかわからない。だが、見られる方としては居心地の悪さを感じてしまう。


「その件か。確かに猿神の介入はあったであろうな。だが、安心しろ。奴等が敷いた陣は壊しておいたぞ。」

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