第16話 死神の大太刀 什陸

「はい?」


 犬神の言葉を受けた餓狼がろうが驚いた。


「最初は霊峰を越えてきたのは数名の兵だけだった。先も言ったが、我は貴様等人間の争いには首を突っ込まんと決めている。故に、斥候の一部と見逃していた。だがな、奴等は龍穴に陣を敷きおった。そしたらどうだ、あれよあれよと増えるではないか。これは見過ごせん。」


「だから、その大元である陣を破壊したってことか。」


「そうだ。害虫が湧いているのに放置する者はいないだろう?猿神の影響だろうな、沙流川は紋章陣の研究が進んでいると聞いている。だがな、転移の紋章陣の運用にはまだまだ時間が必要。少なくとも我はそう思っていた。おそらく山向こうの猿が助言したに違いないが・・・馬鹿な奴よ。まったく、人間に力を貸すのは最低限にすると皆で約束したのに。たかだか五十年程度で破りおった。」


 犬神にとっては五十を数える歳月はと表するほど短い期間なのだろう。


 餓狼がろうが犬神に問う。


「お前が今出向いていたのは、その紋章陣の破壊に出向いていたからか?」


 その問に対して犬神は鼻を鳴らして目を反らした。否定を示さないってことはそう言うことだ。


 山で遭遇した沙流川さるかわ兵はその紋章陣で転移してきた者達で間違いない。先の戦闘でその多くは斬り倒した。しかし、残りの半数は逃してしまった。生存者の中には指揮官もいる。敵地であるとは言え、何処かで再起を図っているに違いない。当然、撤退も選択肢にあっただろう。だが、奴等の退路は今さっき犬神が絶ってしまった。


 ならば次に打つ一手はなんだ。


 餓狼がろうが思考の渦に飲まれそうになっていると、犬神がとある情報を開示した。


「そうそう、盗賊の頭目達が話し合いをしているようだ。」


「頭目達?」


「あぁ、貴様は知らんかったのか。最近この辺に盗賊が増えていてな・・・。」


「それは知っている。その多くは俺が斬ったんだから。」


 犬神が餓狼がろうへ目を向ける。


「ほぅ、貴様が・・・盗賊にはそれを束ねる頭目が必要だ。この辺りには幾つかの組があってな、頭目が複数人居る。それらは度々小競り合いをして覇権争いをしていた。それは領主も認知していないこと。貴様がどれほど斬ったのか知らんが、それが原因の一端であろう・・・力関係が微妙になりつつある。さらによく分からない兵の出現。盗賊達が一つに纏まるかもしれん。」


 犬神はあくまで興味が無さそうだ。


「そうか・・・。」


 餓狼がろうが呟く。


 沙流川さるかわ軍に進行の動きがあるのなら、それを狗神いぬがみ鋼牙こうがに伝えておくべきだろう。進行の足がかりになる紋章陣は犬神が破壊したとは言え、今生き残っている者の中に転移の紋章陣を敷ける者が居るかもしれない。


 その上で考えるのは盗賊達の件。


 残存勢力の規模が分からない以上は問題ないと切り捨てることはできない。それに、沙流川さるかわ軍と共闘するなんてことになれば地の利を武器に奇襲を仕掛けてくることも考えられる。それは狗神家にとっては良くない状況。


 餓狼がろうが犬神に背を向けた。


「何処へ行く?」


「盗賊の頭目に会いに。」


「そこまでここの領主に肩入れする必要はないのではないか?何故なら、貴様は・・・。」


「一応、狗神いぬがみ鋼牙こうがは友人。そもそも俺が肩入れするのは間違っているのかもしれん。だが、義を持って動く事こそ人間の本質ではないか。俺は魂まで売ったつもりはない。それを失っては野生の動物と何ら変わらないからな。」


 犬神が鼻を鳴らした。


「貴様のその動き、あの破壊の神はなんと言うのだろうな。」


「さてね。特に何も言わないんじゃないか。俺の存在だって奴に取っては暇つぶし、娯楽の一環なんだろうから。」


 餓狼がろうは犬神の祠がある滝の裏側から外に出た。既に山の向こう側には太陽が顔を出している。


 犬神には盗賊の頭目に会うと宣言したのだが、会って何をするか、どんな経緯で彼等の頭目に面通りするのかまでは考えていなかった。盗賊なのだから逃げる、身を隠すことに関して長けているだろう。多くの盗賊を斬ったことで餓狼がろう自身が危険視されていると思った方がいい。


「それならば、奴等から接触してくるように仕向けてみるか。」


 餓狼がろうが足を進めた。


 阻止しなければならない状況としては沙流川さるかわ軍と盗賊達の共闘。その上で盗賊達の目に止まる動きをしなければならない。そうなると、餓狼がろうの選択肢は限られてくる。


 ひとまず目指す先は、先の戦闘で沙流川さるかわ軍が兵を展開させていた山の中。撤退したとは言え、その辺で兵の集結と再編を行っていると思っていいだろう。

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