第14話 死神の大太刀 什肆

 菊之助きくのすけが顔を上げた。山の中から得物がかち合う音と悲鳴が聞こえてきた。時間と共にその数は多くなりった。


 剛平ごうへいの報告の中にあった餓狼がろうと別れた方角である。彼一人残ったのだ、盗賊達に囲まれている可能性がある。逃げるに逃げれず、絡め取られた可能性がある。


 音から察するに今も戦闘中なのだろう。


「勘さん。」


 菊之助きくのすけが声をかける。


「おそらくこの戦闘音の先には餓狼がろう殿がいる。至急助けに向かうぞ。足に自身がある者から十名は俺と共に先行。菊之助きくのすけ以下残りの者はこの場の警備にあたれ。剛平ごうへいは私の補佐と、有事の際に伝令を頼む。餓狼がろう殿が討たれているとは思えないが、万が一を考える。皆の者、戦う心構えでいろ。」


 勘宝かんほうが指示を出す。語気は強め。その言葉に一同が頷く。


 足に自身がある者に関しは皆負けじと手を上げた。これでは埒が明かないと踏んだ勘宝かんほうが選定方法の指示。結局、じゃんけんで最終的な決着がついた。


 部隊の編成が済ませた勘宝かんほう餓狼がろうの下へ向かう。集落で彼等を見送った菊之助きくのすけが職人達を誘導して一箇所に集めた。人数が減った事で集落の警護も手薄になる。それ故、一層警戒の目を強めるように菊之助きくのすけから指示があった。


 先頭を走る剛平ごうへいが残っている足跡を探る。その後を追って勘宝かんほう達が獣道を走った。


 山の中を進む兵の足取りは思ったより遅い。遊びで山歩きに慣れている勘宝かんほうはもどかしさを感じた。いつの頃からか戦の音が止まっている。それが意味するのは何だ・・・餓狼がろうが殺られた?相手が盗賊と仮定したとして、それはあり得るのだろうか。菊之助きくのすけの話しでは彼の強さは化物じみていると。いや、相手の規模によっては・・・。初対面の人間に対して可笑しい感情なのかもしれない。気持ちばかりが先走っている。


 斜面を登りきった先に人の姿が見えた。大太刀と特徴的な外套の陰。逆光で姿ははっきり見えない。だが、風貌から餓狼がろうで間違いない。


 全員が何の警戒もせずに近付いた。


餓狼がろう殿・・・。」


 無事で良かった、勘宝かんほうの口からはその一言が出てこない。


 餓狼がろうからは返答も状況の説明もなく、黙って斜面を下り始めた。勘宝かんほう達の姿が見えていないかのように横を通り過ぎる。頭から被った外套が表情を隠している。


 勘宝かんほうが斜面の上を見上げた。


「何があったのかはここを登りきれば分かるか。」



 勘宝かんほうが集落に戻ったのは日が落ちる少し前だった。菊之助きくのすけが出迎える。


「変わった事は?」


 勘宝かんほうの問に対して菊之助きくのすけが首を横に振る。剛平にも目を向けたが反応は同様だった。


「そうか。」


餓狼がろう殿を追った先で何か見つけました?先に戻って来たのは彼だし。行き違いになっただけなら特に問題にはしないんですが。」


 勘宝かんほうは山の中で見た光景を思い出す。


「その件は場所を変えて話をしたい。」


「臨時の詰め所として、家屋を一軒お借りしてます。そちらで話をするとしましょう。」


 菊之助きくのすけが一軒の家屋を指差す。そこに向かって歩き出した菊之助きくのすけの背中を追って勘宝かんほう剛平ごうへいが歩き出した。


 数人の兵と共に室内に入った。菊之助きくのすけが部下に指示をだす。


「水を用意させますので、座って待っていてください。」


 暫くすると、菊之助きくのすけの部下が水を持って来た。勘宝かんほう剛平ごうへい、彼等の部下にも水を配る。


 勘宝かんほうは受け取った水を飲んだ。そして、静かに息を吐いた。


「それで、勘さん。わざわざ場所を変えたってことは何か見つけたんですよね。」


 菊之助きくのすけが問う。


「あったのは骸の山。盗賊の・・・バラバラだった。あれを全て餓狼がろう殿が・・・人の仕業とは思えなかった。そもそも、あの人数を一人で相手にできる者なんてそういないだろう。味方であれば心強いことはないが、もしも彼が敵として目の前に現れたとしたら・・・俺は背中を向けて逃げる自信がある。」


 勘宝かんほうが戯けた様子を見せた。彼なりの冗談である。すると、勘宝かんほうの性格を知っている者達から笑いが起こった。


 どんなに強い者が相手でも、勘宝かんほうは背を見せて逃げるような男ではない。何度か死線を共にした者達はそれを知っている。逆転の好機が生まれるまで、前線を維持できる武力が彼にはある。


「だが、彼の強さは俺達とは強さの桁が違う。それは分かった。」


 剛平ごうへいが言う。


「そこなんだよな、俺にはどうしても勝ち筋がみえな・・・って話の本題はそこじゃねぇよ。餓狼がろう殿が斬った者達が身に着けていた物だ。」


 勘宝かんほうが甲冑の一部を菊之助きくのすけに渡した。


「これは沙流川さるかわ軍の装備、ですか。盗賊達の中に沙流川の者が居たのでしょうか?」


「仮によ、兵が盗賊家業を始めるのはどんな時なんだろうな。」


 勘宝かんほうが問う。


 一同は彼の言葉の意図が分からずに黙り込んだ。その沈黙を破ったのは剛平ごうへいだった。


「戦に敗れた者が逃げた先で食い扶持を得るために・・・では、ないだろうか。逆にそれ以外あるか?を」


「そこなんだが。菊之助きくのすけ近頃沙流川さるかわが戦を起こした。もしくは攻め込まれたって情報はあったか?内乱でも構わないのだが。」


 菊之助きくのすけが首を横に振る。その後は何も言わずに話の先を促す。


「それならば沙流川の兵は何故盗賊なんてしているのだろうな。この甲冑は比較的新しい、過去に起こった戦の生き残りってわけでもなさそうだ。」


沙流川さるかわの訓練がどれほどのものかはわからないが、どこでも根性無しってのはいるんじゃねぇか?でも、あれだな。それならこんな険しい山を超えて来るのは考えづらいか。」


「それなら、沙流川さるかわ家が意図的に軍を動かしているってことだよな。」


 二人の結論は勘宝かんほうが考えていた可能性で落ち着いた。


菊之助きくのすけ度々すまんが、狗神いぬがみ家の屋敷へ向かってくれるか?鋼牙こうが様と親父殿に話をすれば何かしらの動きをしてくれるだろう。」


 菊之助きくのすけが何も言わずに首肯した。

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