第三幕⑦
「それで? どうなさるおつもりですかぁ?」
「国としての
思わず言った。
「いやいや、あるでしょう。そもそもないと思うならなぜ、そんなことをわざわざ伝えに来たのですかぁ?」
シリル王子は、いったん口を開け、閉じてから、また開けた。
「……君の立場を分からせるためだ」
「そうでしょう? ですから、これからどうするのかもお聞かせいただくべきでしょう? 私がこれからどうなるのか、そういうお話でしょう?」
しばらく考えた彼は、ゆっくりと話し出した。
無視されるかもしれないと思っていたので、意外だ。この王子、冷たく見えるのは外見だけで、内面は案外、色々と考えているのかもしれない。一番苦労するパターンのやつだ。
「レヴァーゼはこちらの要求に応えなかったものとみなされる。つまり、友好的な関係を拒否した、ということだ」
「ふんふん」
「我々はそれを、連合国全体に周知する」
「なるほどなるほど」
もはや扇で顔全体を隠さなければならなかった。
連合国、ひいてはこの地方国の勢いは、止まらない。アウリラに来た当初感じたように、やはりじわじわと領土の拡大を目指すのだ。だとすれば、ここから国をひとつ
連合国に周知する、というのは、もはやアウリラだけの対応策をやめ、連合国全体の問題として対応していく、ということ。
まずは、経済制裁だろう。レヴァーゼは平地が少なく、国全体が
加えて、鉱山からの
連合国内だけにとどまらず、その他の国にレヴァーゼの立場が
「言っている意味が分かっているのか?」
眉をひそめるシリルに、ようやく扇を外して、ぼんやり微笑んでみせた。
「いいえ、ちっとも」
「だろうな……」
「あの国が、この後、やっぱりどうぞってダリア姉様を送ってきたら、どうしますぅ?」
「ありえそうもないが、もちろん、突き返す。すでに二度のチャンスを
「では、結局私はどうなるのぉ?」
答えは期待していなかったが、シリルはにこりともしない顔のまま、
「少なくとも、なんらかの決着がつくまではこのままだ」
と言った。
だとすれば……。
「二年はかかるでしょうねえ、ならばやっぱり、何か暇つぶしをいただけませぇん?」
そう言ってみると、シリルはまた何やら考え込んだ。
そして、
もう全部何回も読んだんですよ、とはもちろん言えないので、気づかないふりでにこにこしておく。
「……考えておこう」
一週間後、シリルがまた訪れ、道具を与えてきた。
「刺繍.……刺繍かぁ……オリーブ、あなた出来る?」
ぶんぶんと首を横に振られた。それはそうだろう。上級貴族と職業婦人のたしなみ、それが刺繍だ。メイドだった彼女とは
当然、ウエンディにもそのような手ほどきはなかったし、前世でも手芸の
「刺繍が出来ない、と?」
「出来ませんねぇ」
「……よくも恥はずかしげもなく……詩の暗唱などは」
「趣味で? えっ、趣味で? 何が楽しいんですかぁ、それ」
ますます冷ややかな目つきだが、何度もため息をつきつつ、他の時間つぶしを考えようとしているようだ。
「馬は」
「えっ」
「馬は乗れるのか」
「乗れるわけないわ、でも乗りたいと思ってました!」
思いがけない提案に、声がひっくり返った。
最長二年の暇つぶしに、まさかの乗馬。『雪乃』の時にも経験できなかったことだが、実はずっと乗ってみたいと思っていた。
前世では
こちらでは生まれてこの方、
「では、君が祖国から連れてきた馬を調教しておく。準備ができ
「どこで乗れるんです? 外ですよねぇ? 外に出てもいいんですか?」
「ああ、こちらの
花嫁として強制的に人質をとっておいて、人道的とは笑わせるが、もちろん口を閉じて黙っておく。
「馬は楽しみか?」
「とぉっても」
「では、その代わりに、これを読め」
「なんでぇ?」
「お前の部屋の本はどれも手ずれして読み込まれてある。ならば、次はそのくらいの本を読んでみるべきだ」
「……え、ええー、私こんなの読めなぁい」
少し、間延びした声が出しづらかったのは、まさか彼が、
呪われた王女の本棚を、先入観なしで観察したというのだろうか。
「ならば乗馬もなしだ」
我に返る。やるじゃないか、とウエンディは腹を立てつつ思う。
レヴァーゼの教育係が、無理矢理ペンを
「分かりましたぁ……。じゃあ、お馬の準備、お早いお知らせを待ってますね。それと、そのお知らせは別に王子様じゃなくてもいいですからねぇ」
「……つまり?」
「あなた、第二王子でしょう?
こんな遠くまでね、と、自室の
シリルは表情の読めない顔で、いいや、と言った。
「
花嫁、と言われ、ウエンディは目を丸くした。
「どうせ
「馬鹿を言うな、お前は我が国が要求し、そうしてやってきた花嫁だ。今更結婚しないなどということになれば、それは国際的にも道理の通らない話になってしまう」
なるほど、対外的にはそうだろう。
ましてや今は、こうした
もちろん、レヴァーゼの行く末が決まるまで、の話だ。だとしたら、おおよそ二年の間、この王子はただただ王子妃候補のいる状態で時間を
その間に、シリルにふさわしい立場の
「最初からダリア姉様が来ていればねぇ」
ウエンディの口からこぼれたのは、そんな本音だった。そうすれば、面倒な制裁を計画せずとも良かったし、ウエンディも満足だったし、シリルも
「シリル様も大変ですね、呪われた子を嫁にしなさいって、王様に言われたんですか? 可愛がられてないんですかぁ?」
「可愛い可愛くないの話ではない。丁度見合うのが私しかいなかっただけだ。父にも母にも兄にも、泣いて謝罪された!」
なんだ、ただの仲良し家族か。同情して損をした。
「お馬、お願いしますねぇ」
ウエンディの念
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