第三幕⑥



 第二王子には無視されたが、オリーブが、彼の名がシリル・グリフィン・メルーだと教えてくれた。

 使節団はみな知っていたらしい。どうせ覚えないだろうと、ウエンディには黙っていたそうだ。馬鹿じゃないだろうか。


 ともかく、ウエンディは午前中に三十分の運動を許された。

 翌日から、時間通りに騎士がやって来て、ウエンディを連れ出す。そして、三十分きっかりで連れ戻す。

 この城の裏庭は、祖国のそれよりも広かった。かつては同じ場所を円状にぐるぐる回っていたが、今は四角く移動できる。花が植えられているし、池もあった。池の中には魚がいて、水面をはねる姿を眺めたりもした。

 時々、宰相のウォーカが様子を見に来ることもあった。


「宰相自らかんかな……ゆうがおありだこと」


 分かってはいたが、退たいくつである。

 祖国ではメイド服を着てうろうろすることも出来たが、ここではさすがに無理だった。

 持ち込んだ本も、もう何回も読んで暗記してしまった子ども用のものだし、他にひまをつぶせるようなものはない。出来ることといえば、頭の中で日本の歌を歌ったり、日本のドラマやアニメを思い出しておさらいしたりするくらいだ。


「退屈だわぁ」


 はい退たい的な女王のような台詞せりふを呟くが、こうしてウエンディがのんびりしている間にも、両国間ではさまざまなきが行われているはずだ。

 今のところ、ウエンディに対して直接のせっしょくはほとんどない。事前の調査のみでまずは交渉しているのだろうか。だとすれば、レヴァーゼは強気でっぱねているはずだ。

 使者達がアウリラの国力ぶりを伝えたとしても、王の対応が変わるとは思っていない。ゆいいつの解決策は、ダリアとウエンディを今からえる、というただ一手しかなく、あの王がただの伝聞でそれを受け入れるとは思えない。


「お食事でございます」


 ソファにだらしなくすわっているところに、オリーブが声をかけてきた。食事はりんしつる。ウエンディが自室から出るのは、運動の時と食事の時のみだ。

 ただ、食事はとてもしい。その点で、アウリラが決してウエンディをないがしろにしようとしているわけでないことは分かる。

 彼らも実のところ、困っているはずだ。役に立つ王子妃を要求したら、呪われた王女が来てしまった。受け入れるわけにはいかないが、かといってポイ捨てするわけにもいかない。

 このちゅうはんな扱いは、ある種この国の公明正大さの表れと言える。

 その時、とびらひかえめにたたかれた。

 薄く開けた扉から、使用人がこそこそと何かをオリーブに告げ、去っていく。


おそれ入いります、しばらくおそばはなれます」


 オリーブはそう言って、部屋から出て行った。

 まただ――。

 時々、オリーブがそう言って部屋からいなくなる時がある。なんの用かは、あえて聞かない。どうせ、聞き取り調査だ。

 侍女もメイドも、オリーブ以外は全員帰国してしまったから、彼女が唯一の情報源だ。レヴァーゼ国内の情勢を強制的に喋らせるということはないだろうが、ウエンディのことは別だ。

 王子妃候補、という建前がある。この建前のもと、どう暮らしていたのか、どのような人物なのか、かしこさは、思想は、政治的な価値は――けることはいくらでもあった。

 けれど、オリーブがそのうちのどれほどを知っているだろう。彼女はウエンディを着替えさせ、入浴させ、食事を運び、それ以外の接触はほとんどなかった。今とほぼ同じだと言えるだろう。


 彼女は何も知らない。ウエンディの計画も、最後には死んでしまうことも。



 ◇ ◇ ◇



 アウリラに来て三カ月がった。

 季節が移り変わり、すでに朝晩は寒さを感じるようになっている。しかし、ウエンディが起きる前にはだんに火が入り、窓のカーテンは分厚いものにえられ外気を防いでいた。日本の冬を考えても、えられないほど寒いということはない。

 日中はむしろ暖かく、気候は穏やかな国のようだ。

 そんな折、久しぶりに、シリル第二王子がおとずれた。


「レヴァーゼ王国に、はなよめこうかんようせいした」

「あらまあ」


 それはおもしろい。三カ月間顔を見せなかった夫候補は、その間に全くの無関係なあいだがらになったらしい。


「交換って、私とダリア王女?」

「そうだ。返答は、否、と」

「まあああ、それはそれはぁ」


 扇で口元を隠していなければ、ニヤニヤがばれてしまうところだった。やはり、帰国した使節団の報告は、王の心にはひびかなかったらしい。

 レヴァーゼの王は、父とはいっても、もともと、よく知らない人だ。

 ウエンディは自室の周辺をメイド服でうろうろしたが、後宮で王と会うはずもなく、その功績もあまり直接的には聞こえてこない。

 騎士達や侍女達も、ゆいしょ正しさと気品が求められるものの、政治的な関わりのある者はほとんどいない。

 だから、ぬすきする内容も、側妃や子ども達のうわさのようなもので、国のまつりごとが実際にはどのように回っているのか、他国との関係はどうなのか、うかがい知ることは出来なかった。


 レヴァーゼ王国自体は力があるのだと思う。何しろ歴史は長く、たくわえた分の財力と政治のノウハウがある。西側の近隣国との関係も良好だ。

 しかし、それは裏を返せば、想定外の事態に弱いということでもある。武力で政権を動かす国に対して、新興国と侮るとどんなことになるかなんて、今までの経験から導き出すのは難しい。

 それでも、他の目のある国は、おのれの立場をしっかりと決め、こしえて対応にあたっているはずだ。

 絶対にさんには入らないことを前提とし、有利な交渉や自国の武力を強化する国。あるいは、おん便びんに現状をするために、ある程度相手の要求を呑みつつ、対等な関係を築こうとする国。

 連合国に引き入れられた各地方国が、それぞれ割り当ての国とさまざまな交渉をしているだろう。


 レヴァーゼの相手は、ここアウリラ。そして王はただ、なあなあで済まそうとした。王子妃を要求されたから、不要な駒を送りつけ、それが相手の意に沿っているかどうかなど考えもしない。

 侮っている。あるいは、何も考えていない。

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