第三幕⑤


 ◇ ◇ ◇



じゃするぞ」


 夫となる第二王子は、謁見の二日後に訪ねてきた。

 朝の軽食と紅茶、昼と夜の食事、午後のお茶とる前の、それ以外の時間を放っておかれたままの二日間だった。

 まあ、慣れている。


「こんにちはぁ、王子様」


 微笑み付きで挨拶をしたが、返ってきたのは冷ややかな視線だった。そして、返礼はなく、うでみをしてったままだ。

 ぐるりと周囲を見回す。

 この部屋は、実にシンプルだ。

 ウエンディの故郷の部屋は、元側妃の部屋だったこともあって、調度品だけはごうしゃだった。残された茶器やしょせきも、側妃のために、あるいは側妃が揃えたもので、高級品がほとんど。

 そんなかんきょうで暮らしてきたウエンディの目には、一段どころか、二段三段とグレードの落ちる品質の家具ばかりに見える。

 ただ、そこに収められているのは、ウエンディが持ち込んだものだ。持参品として与えられた服や宝飾品、自室から根こそぎ持ち出したもの達。

 王子の目は、それらをゆっくりと観察している。


「君の国の使者達だが」

「はい?」

「今朝、出立した」


 早っ。

 さすがのウエンディも、おどろきを隠せず、目をまばたいてしまう。王女の生活が落ち着くまで待つつもりもない、というのは、忠誠心がないのだから当然だが。それにしても早い。

 ふむ。

 アウリラの国力を見誤っていたことに気づき、それをいち早く知らせるための帰国だろう。

 残念ながら、ウエンディという存在自体が宣戦布告のようなもので、事態は遅きに失しているとしか言いようがない。


「あらぁ。ということは……なんてことかしら、あの人達といっしょに帰らせるつもりだったのにぃ。オリーブ、あなた、ここに残るしかなくなっちゃったわ」


 こればかりは本当に困ってしまった。出来れば一緒に帰ってほしかった。

 だって、もしも十分にウエンディの存在がしんとうし、どんどん国交が悪化し、最終的にレヴァーゼがぶっ潰れたあかつきには――自分は死ぬつもりなのだから。


「話の通り、呪われた王女というのは本当だったか……」


 第二王子のつぶやきで、ウエンディの予想が当たっていたことが分かった。

 この、他国の王女をむかえるとは思えない部屋は、人質だからということだけではなく、すでにウエンディという人物を知っていたからなのだ。


 呪われた王女。

 呪われた子。


 王女としても、そうでなくとも、とても王国同士のこうしょうに使えるようなカードではないし、なのに送られてきた。つまり、ダリアとウエンディをえた理由も、病弱で大事に育てられた姫というのも、うそだと知っている。

 おそらく、アウリラからスパイのような人間が入り込んでいたのだろう。

 さて、この事実は、ウエンディにとって得だろうか、損だろうか。少なくとも、損にはならない。なぜなら、そもそもレヴァーゼが嘘をついてウエンディを送り込んだ、ということを、初めから知らせるつもりだったからだ。

 彼らがレヴァーゼの嘘を知ってこそ、ウエンディのふくしゅうは始まることになる。


「呪われた王女? 私のことですかぁ?」 


 首をかしげてみせると、彼は大きくため息をついた。


「これより君は、私の王子妃候補としてこの城で過ごしてもらう」


 丁度良い、と思い、

「ええぇ? 候補ってなんですかぁ? 私、およめさんになるって聞いてるんですけど」  

 と、踏み込んでみた。

 謁見でアウリラ王が変えた契約の内容は、決定こうになったのだろうか。


「……両国の契約にが生じた。このまま大きな問題に発展する可能性がある。よって、当初の予定よりも婚約式を先延ばしにし、対応することになった。君はそれまで、こちらで過ごしてもらいたい。さまざまな対応が済むまで、この部屋から出ることは難しいと考えておいてほしい」


 どうやら、そうらしい。彼はそれだけ言うと、そのまま出て行こうとする。ウエンディは慌てて呼び止めた。


「あ、あのー、すみません、一日に三十分ほどでいいので、裏庭に出てもいいですかぁ?」

「……なんのためにだ。たった今、外に出るのは難しいと言ったはずだが」

「運動ですぅ」

「なんだって?」

「運動ですよ。に言われたのですぅ。毎日日に当たって、運動をしなさいって」


 彼は面食らった顔をした後、かすかにまゆをひそめた。

 その反応は分からないでもない。乳母というのはせいぜい三さいまで、三歳のころに言われた言葉をいまだに守っている十五歳というのは、確かに色々と問題がありそうだ。


「ほらぁ、ここ、裏庭が近いし、そんなに大変じゃないと思うんですよねぇ」

「……朝十一時から三十分だけ、こちらの護衛をつける」

「分かりましたぁ。あ、それから」

「なんだ」


 すでにドアノブに手をかけている彼に、こればかりは本気で聞いた。


「あなたの名前、なんでした?」

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