第二幕④


 ◇ ◇ ◇



 それなのに。

 彼らは、この可哀想かわいそうな娘に、他国にとつげと要求した。当然、今までの扱いに対する謝罪はない。

 おもしろい、と思う。自分達が本当に何をしたのか、彼らは分かっていない。

 人間ではないものを、きんちょう関係にある他国に嫁がせるなんて、危機感が足りていないと言わざるを得ない。それがただ、ウエンディが人間ではない者になっていると知らないだけだとしても、やはり危機感がないことに変わりはないし、ウエンディをそうさせたのは彼らだ。


 面白いじゃない。


 ただ、ウエンディは彼らにチャンスを与えることにした。詰め込まれる教育が、なんの成果もないと示してみたのだ。常にぼんやりと微笑み、同じ言葉を繰り返し、教えられたことすらじっせんできない子ですよ、というふりをしたのだ。本来のウエンディであれば、そうであっただろうから。

 雪乃としては、本でも読んだことのない知識を興味深く聞き、知識としては知っていたが実際に見たことのなかったマナーやダンスの動きを観察した。部屋で一人で復習することもあった。

 しかしはたには、学ぶ気のないおひめさまに見えていただろう。


 本当にこんな娘を他国に送るつもり?

 考え直した方が身のためよ?

 あなた達が十五年間ウエンディにしたこと、その結果を自覚して反省したら?


 そんな気持ちで、ひたすらぼんやりと対応していた。

 教師達は、決してったりはしなかったが、次第にいらちをかくさなくなった。

 さいしょうが説得に来て、そのうちやがて父である王が説教に来た。

 全てに同じ対応をした。

 このままではまずい、という表情が宰相の顔に浮かぶようになった頃、初めて別の訪問者があった。それは、すっきりとしたドレスを着こなした、二十歳のきつい顔立ちの女性で、ダリアと名乗った。


「あなたの姉よ」


 彼女はそうウエンディに語りかけ、そしてそのまま――手にしたおうぎでウエンディのほおえた。 

 さすがにおどろいた。いきなり暴力だ。


「ちゃんとしなさい、お前。どうせどこにいても同じなのだから、ちゃんと嫁いでもらわないと困るわ。そうでしょう? お前じゃなければ、私になってしまうのだから」


 すごいなこいつ。

 ウエンディは、母は違えど、同じ側妃の子という立場のこちらを、ダリアが当たり前に見下していることに感心した。

 父親の寵愛が原因だろう。その愛は、王妃の子にまるまる移ってしまったはずだが、それでも五歳まで愛されていたのならば上等だといえる。

 それに、まるまると言ったが、もしかしたらそうではないのかもしれない。何しろ、最もふさわしいダリアを置いて、ウエンディを嫁がせようと決めたのは、王だ。それが愛情ゆえでないとは思えない。

 そして、ダリアもその自覚がある。

 父親の愛の差が、彼女をこんなにもごうまんにしている。


「分かりました、お姉様」


 ウエンディがそう言うと、彼女は満足そうに帰っていった。

 もちろん、言うことをきくつもりはなく、その後もウエンディは同じように教育をやんわりときょし続けた。

 ダリアはたびたび顔を見せるようになり、そのたびにあせりの色を濃くしながら、ウエンディを何度も打ち据えた。

 嫁ぐまであとひと月ちょっとという頃、マナーの授業中に、王とダリアがはちわせしたことがあった。

 ウエンディが相変わらずぼんやりと笑っているのを見て、ダリアは泣いた。そして父にき着つき、うったえた。


「嫌よ、お父様、私をよそにやらないで! そんなことのために、語学と外交を学んだのではないわ! 全て……全てこの国とお父様のためなのに、それなのに……!」

「ダリア、泣くでない」


 王はダリアの背に手を回し、優しくさすった。

 彼らは気づいているだろうか。ウエンディの存在をようやく思い出して以来、家族は誰一人、ウエンディには触れていない。手を握ることも、優しくでることも、抱きしめることも。

 目の前で慰められたダリアは、さらに激しく泣き出した。


「温かくむかれられるなんてとうてい思えないではないですか……! 使者の無礼な対応を私は確かに見ましたわ。あんなに私達を見下している国で、どうして幸せなはなよめになれるでしょう……。ああ、きっと閉じ込められ、ひとじちとして一生を暮らすのです。嫌……嫌ぁぁぁぁ!」


 親と子は抱き合って泣き、それをウエンディはだまって眺めていた。よくもまあ、と思いながら。

 幸福な結婚ではないことを、よくもまあ、平気でウエンディに聞かせられるものだ。

 つまりそれは、二人とも、ウエンディがまともな子ではないと考えているしょうだ。何を言ってもどうせ分からないと思っている。

 けれどウエンディは忘れない。彼らがどれだけウエンディという存在をないがしろにし、人間として扱わず、この先不幸になっても構わない存在だと考えているか、心に刻む。


 その直後、ウエンディが正式にアウリラ地方国に嫁ぐことが王により決定された。彼らは、与えられたチャンスを棒に振ったというわけだ。

 だからウエンディは、この国をぶっつぶしてやろうと決めた。

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