第三幕

第三幕①


 国王できあいしょうちゅうたま、という作り話を事実にするため、半年間で大量のドレスとほうしょく品がウエンディのために作られていた。じょが五人つき、メイドが増やされ、輿こしれのための持参品もどんどん積み上がっていく。

 めずらしい布や、芸術の域に達したおうぎ、宝石の散りばめられた宝石箱、ちょうこくの美しい手鏡、専用の馬車、馬、大量の金貨。

 それでも、これまでウエンディが使うはずだった予算から比べれば、たるものだ。


 ついでに、兄姉達とも顔を合わせることになった。貴族達や国民に、ウエンディがとつぐことを周知する過程で、パーティーを何度か開いたからだ。他国に嫁いだ姉達も招待に応えたが、来られない姉もいたようだ。

 ちなみに、おうの子であるローレンス第四王子は、ウエンディの席とは正反対の位置にいた。そして、決して近づかぬようきつくふくめられた。

 どうやら、ウエンディが未来の王太子にとってあくえいきょうと見られたか、もしくは、彼を害するとでも思ったのかもしれない。だとしたら、ちゅうすうの人間達はまさしく、ウエンディを忘れ去った原因が第四王子にあるとにんしきしているということになる。

 ローレンスを、うらむ気持ちが全くないとは言えない。彼がいなければ、自分の人生はちがったものになっただろう。けれど、自ら手を下して害する気持ちはないと言い切れる。

 もしやるなら、王だ。

 そのことを、彼らは全く分かっていない。

 もちろんそれだって、今は実際にやる気はないけれど。


 おおやけに顔を見せている間、あいさつ以外の口をくな、と言われた。まともなマナーを身につけていないことを、王族はまだしも、貴族達には知られたくないのだろう。

 だからウエンディは、兄姉達が勝手なことを言い捨てていく時間を、ただひたすらほほんで過ごした。


「これが妹か。現れたたんにいなくなるのなら、覚える必要もないか」

「これが妹か。地味だな。はなやかさのかけらもない。価値がない」

「これが妹なの? これのおかげでダリアが遠くにいかずに済んだのはありがたいことねえ」

「これが妹なの? とてもとなりに置いてはおけないわね、知性もぼうも足りないもの。あ、どうせばんな国に嫁ぐのだったわ」


 好き勝手言われても、気にならなかった。どうせいつか絶対に、まとめてぶっ潰すんだから。ただ、姉姫の一人が言った言葉は少し気になった。


「これが妹なの? のろわれた子らしいわね。この年まで生きてしまっては、なかったことにも出来ないし、小国に嫁がせるのはいいやっかいばらいになったじゃない」


 呪われた子、というとうは初めてだった。

 そこに、別の兄がやって来て、二人で会話を始めた。

 この二人は、特に仲が良いように見える。ねんれいからいって、第一王女と第一王子だろう。教え込まれた家系図によれば、二人は同じ母親から生まれている。


兄妹きょうだいなのね……」

「あら、何か言ったわ、この子」

「へえ、しゃべれるのか」


 目の前で悪気なくそんなことを言う二人は、親密な様子で会話を続ける。内容は、やはりこちらを馬鹿にするものだが、続きを聞くうち、つまり、ウエンディのことを知性の足りない子だと考えていることが分かった。

 これまで教育をきょしてきたのは、こうではないことにされている。出来ないからやらなかった、フォークのひとつも使えないほど、この子は馬鹿なのだ、そのようにかいしゃくされている。

 忘れた挙句、思い出したら都合の良いこまあつかい、それどころか平気で『呪われた子』呼びで、厄介払いと堂々と言う。

 王子王女がこの態度なのは、もちろん、彼らの認識が王の意向に沿っているからだ。彼らの言動は、王の、そしてこの国のおもわくそのものだ。


「心からあやまったら許す未来もあったのにね」


 ウエンディの意思をねじまげて解釈されていることに少し腹が立ったが、まあいいか、と思い直す。馬鹿だと思っているのか思いたいのか分からないが、められている方が何かと都合が良い。


「また何か言ったわ。ねえ、他に何か喋ってごらんなさいよ」

「この国の名くらいは言えるんだろうな。おい、言ってみろ」


 しばらくウエンディをからかっていた二人の王子と王女は、それきりだまったことでつまらなくなったのか、並んで立ち去っていった。なんとはなしにその先を追う。

 彼らは、だんじょうの王に近寄り、微笑みながら挨拶をすると、軽くきしめ合った。国外に嫁いだ第一王女にとっては、久しぶりの父との再会で、そうほうがとてもうれしそうだ。

 そこに、他の王子と王女が集まってくる。えんもたけなわ、温まった城内に、親子兄弟が再会を喜び合う姿は、微笑ましく映るようだ。だれもが、笑顔でそれを見ている。

 ふと、王妃が手招きをした。それに応えて走り寄ったのは、ローレンス第四王子。

 家族そろっての談話が始まった。


 ウエンディはそれを見ている。

 ただ、輪の外から、見ている。

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