第22話 楽しげな雰囲気で

 授業中もずっと考えていた。

 どうして七森があんな表情をしていたのか。どうしてあんな冷たく突き放すように言ったのか。


 だけど考えてもそのことはさっぱり分からない。


「はぁ……」


 考えても分からないことにため息が溢れる。もう先ほどから何回目かも分からないそれに数えるのをやめてしまった。


 どうにかして、七森と話したい。だけど、もしかしたら嫌われるかもしれない。

 そんな漠然とした不安に襲われ、彼女を避けるようにしていたら、放課後になってしまった。


「はぁ…………」

「ねぇ、さっきからどうしたの? あたしと一緒に遊びに行くの、そんなに嫌?」


 しかし、今は考え事をしている場合ではない。


 慎二達との罰ゲームをかけたテスト勝負に敗れた俺は、誰か女の子を誘って遊びにいかなければならなかった。


 その相手が六方だ。

 偶然、彼女とも似たような勝負をしており、負けた方が何か奢るという話だった。


 これ幸いとそのことを知った六方に誘われ、放課後になって駅前のクレープ屋さんに行こうと言う話になったのだった。


 ちなみに今日は、六方は部活が休みらしい。


 そんなわけで一緒に行くことになったにも関わらず、隣でため息を何度もしてしまう俺の行いはかなり失礼なものだったと自覚した。


「ごめん。そういうわけじゃなくてさ。ちょっと悩みがあって」

「悩み? 八上君でも悩みあるんだ」

「俺って普段、一体どういう風に見られてるわけ?」


 キョトンとした顔で六方は俺を見る。

 慎二たちからは虚無な顔をしていると言われてるけど、周りからどんな風に思われているかは、ほんの少しだけ気になる。


「うーん。今まであんまり意識して八上君のこと見てこなかったけど、なんだか別の世界に生きてる? って感じかな」

「…………」


 言い得て妙だ。

 親が離婚してから、感情の起伏は乏しくなった。

 だけど、毎日が退屈なわけじゃない。楽しいと感じることだってあるし、当然、笑うこともある。


 それでも心のどこかで渇きを感じていた。


「私の友達──星奈もね。そういう子なの」

「……!」


 ここに来て、七森の話が出てくるとは思わず、目を見開く。


「八上君とはまた違った感じなんだけど……毎日一緒にいるとわかっちゃうんだ。あー、なんか無理してるんだなって。いいとこのお嬢様だからって言うのもあるから、きっと色々あるんだろうけどね」


 その言葉を聞いて、六方が純粋にすごいと思った。

 単なる友達付き合いだけでその人の本質はわからないものだ。

 付き合いが長ければ、分かることもあると思うが、七森とは高校からの間柄と聞いているので半年だ。


 俺もあの日。彼女と関係を結ぶまでは普段から楽しそうに学校生活を送っている彼女に闇があるなんてことは思いもしなかった。


「友達思いなんだな、六方って」

「──っ、別に普通だよ。もう、いきなりそんなこと言われたら恥ずかしいじゃん!」


 六方は顔を少し赤く染めながら、手で仰いだ。


「だからできるだけ力になってあげれるように杏果とも話してるんだけどね。最近は、比較的楽しそうっていうか。ストレスはあってもうまく発散できる方法を見つけたみたい」

「……」


 もしかしなくてもそれはきっと俺との性欲処理のことだろう。

 本人もストレス解消になると言っていたので間違いない。


「あっ、これ内緒にしててね? あたしも杏果もこういうこと直接本人に言わないし、言ったら星奈気を遣っちゃうから。まぁ、今のところバレてないと思うけどね!」

「ああ。言わないよ」

「ありがと」

「なぁ、七──」

「あっ、あそこ!」


 そこで、俺が言い切る前に六方は目の前に見つけたキッチンカーを指差し、駆け寄っていった。


「ほら。八上くんも来て!」


 六方に手招きされて、俺もキッチンカーへと近づく。


「いらっしゃいませ。何になさいますか?」


 エプロンにハンチング帽を被った女の店員さんはニコニコと微笑ましい様子でこちらをみている。


 一方でそんなことを気にするそぶりもなく、メニューを見る六方の目は輝いている。

 おかず系のクレープもメニューにはあるが、六方はそれに目もくれず、甘そうなクレープの一点を見つめていた。


「どれにする? あたしはこれかな!」

「えーっと、どれがおすすめ?」


 こんなところ慎二たちとも来たことないため、どれを選んだらいいか分からない。

 六方が選んだのはイチゴに生クリームがたっぷり入ったものだ。


「これとか?」

「じゃあ、それにする」


 そして俺もオススメされたチョコバナナクレープにすることになり、店員さんに頼む。

 クレープ一つでもそれなりの値段がする。だから代金は自分で払うと言ったのだが、「負けは負けだから」と言って譲らず、奢られることとなった。


「たっぷりサービスしときますねっ!」


 店員さんは軽くウインクをし、クレープを作り始める。出来上がったものは宣言通り、クリームや果物がこぼれ落ちそうになるくらいのものだった。


「彼女さんと美味しく召し上がってくださいね! シェアできるようにたっぷり入れときました!」


 手渡す時にこっそりとそんなことを言われた。


 ……この店員さんなんか勘違いしてない?


 そしてクレープを受け取った後、近くにある備え付けのベンチに座り、俺たちはクレープを頬張る。

 押し寄せる甘みに頬を緩めた六方は幸せそうな限りだった。


 一口二口と食べ進め、一息つく。

 そこで六方は思い出したかのように、先ほどの話題を口に出す。


「そういえば、さっき何か言おうとしてなかった?」

「さっき?」

「ほら、クレープ買う前」

「ああ……」


 聞こうとしたのは七森のこと。

 もしかしたら、これは七森のことを聞く良い機会なのかもしれない。

 ただセックスをするだけの間柄の彼女。そんな彼女のことを俺は何も知らない。

 それを友達である六方から聞けるのはチャンスだと思ったからだ。


「七森のこと聞こうとしてたんだ」

「……あー、あたしと一緒にいるのに、他の女の子のこと聞くんだ」


 六方は口を尖らせながら、目で俺に不満を訴えた。

 どうやら俺は間違えてしまったらしい。女心ってムズカシイ……。


「そ、それは、ごめん。気を悪くさせたなら謝る……」

「本当に悪いと思ってる?」

「あ、ああ」

「じゃ、八上くんのやつもちょっとくれたらいいよ!」

「俺の?」

「ほら、店員さんもシェアしてくださいって言ってたじゃん! あたし、チョコバナナクレープも好きなんだよね」

「あ、ああ。それは別に構わないけど……」

「はい。じゃあ、あーん」

「あ、あーん……?」


 六方は俺の前で口を開けて待っている。これが何を意味するのかは俺でもわかる。


「ほら、早く! ずっと口開けてるの恥ずかしいんだけど!」

「お、おお……」


 俺は自分のチョコバナナクレープを差し出す。すると、「あむっ」と可愛らしく六方は中のバナナごと頬張った。


「ん〜っ。おいしいっ! はい、八上くんもどうぞ」

「俺も?」


 今度は俺の番と言わんばかりに六方は、自分のクレープを差し出す。

 俺のを上げるのは別にいいけど、もらうのは恥ずかしいな、これ。

 いつしか、七森と間接キスがどうのと言っていたことを思い出す。

 女子にとったらそれくらい普通なのだろうか。


 六方は引いてくれる様子はなく、今か今かと待ち構えていた。


「じゃあ、失礼して……うむぅ」

「……どう?」


 中から出てくる生クリームといちごの爽やかな酸味。


「まぁ、悪くない」

「よかった!」


 六方は朗らかに笑う。

 そして二人でテスト結果の話など、他愛ない話をクレープがなくなるまで続けるのであった。


 ……結局、七森のことは聞きそびれてしまったな。


 ◆


「……なんか楽しそう」


 二人の様子を影から眺めた私は小さくつぶやいた。


 八上くんと茜音が遊びに行くと聞いた時からそのことが気になって授業が全く耳に入らなかった。


 今日はテスト明けで習い事がある日だった。授業が終わったら、まっすぐに帰る日のはずだったのだが……気になりすぎて、美波に家が帰るのが遅くなることだけ伝えて、跡をつけて来てしまった。


 こんなこと初めてだった。後で、もしかしたら美波に怒られるかもしれない。だけど、そんなことよりもこっちが気になって仕方なかったのだ。

 どうせ、そんな状態で行っても集中できないに決まってる。


 そう言い訳をして、放課後に、生徒玄関の影から二人が出てくるのを待ち、こっそりと二人の行末を見守った。

 茜音からは、駅前のクレープを食べに行くと聞いていた。


 一定の距離を保ちながら、バレないように後を追いかけ、ようやく目的地に辿り着く。

 そこでおいしそうなクレープを購入し、二人並んで座って食べているのを今は見ているところだった。


 見ているだけお腹が空く。見ている私も買いたかったが、今出て行ったらバレてしまうので我慢してその場に留まる。


「……なんの話してるのかな」


 一方的に茜音が話しかけているように見えるが、どこか楽しそうな雰囲気だ。

 遠目から見える場所にいるとはいえ、声は全く聞こえない。


「あっ……!」


 そして二人を見ていると怪しげな雰囲気。お互いのクレープをお互いに食べさせる所謂「あーん」を目撃してしまった。


「あんなのカップルじゃん……」


 八上くんは、茜音のこと……。

 もしかして、もう付き合ってるとか?


 胸がキュッと締め付けられる。


「あれ……?」


 ポタポタと目から何かが出ていた。私は慌てて目元を拭う。

 

「……何やってんだろ、私」


 彼に恋人ができるのはいいこと。しかも相手が自分の親友のとてもいい子。

 喜ぶべきことのはずなのに。見ていることが辛くなった私は、その場からゆっくりと離れた。


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