第21話 例の約束事

「あー……」

「どうしたんだ、スバルの奴は? 魂が抜けているではないか」

「さぁ? 腹でも痛てぇんじゃね? それか女に振られたか」


 聞こえてんだよ。

 テストが終わり、先ほど一つ目の教科の返却を迎え、休み時間に慎二たちがやってきた。


 俺は七森からきたメッセージに今だに心が引き摺られていた。


 しばらく七森とできない。

 別にそれはいい。だけど、その理由が気掛かりで仕方ない。

 もしかして、知らないうちに何かをして呆れられてしまった?

 それとも飽きられた?


 ──ごめんね、八上くん。私、これからはこの人とするから。


「…………」


 一瞬、脳裏にチャラいゴリゴリの男が頬を染めた七森の肩を抱き寄せていた映像が浮かんだ。

 ……以前、明彦が無理やり見せてきた同人誌にあったような展開だ。


 クソッ。変なもん見せやがったせいだ。おかげでロクでもない想像しちまった。

 俺は嫌な想像をかき消すように頭を振る。


「そういえばだ、昴。さっきの数学のテスト返却どうだった?」

「ふふ。昴は数学苦手だったからな。以前は赤点だったが、今回はどうだ?」


 俺にウザ絡みをしてくる慎二たちにテストの答案用紙を見せる。


「何!? 違う人の回答用紙持ってくるなよ」

「昴よ。ついにカンニングしてしまったのか……」

「失礼なやつらだな……」


 大袈裟なリアクションを取る慎二たちに呆れて息を吐く。

 俺が見せたテスト用紙に書かれていた点数は82。

 平均が68点だったことを考えれば、かなり健闘した方だろう。


「正真正銘、俺の答案用紙だ」

「ま、まさか。昴に負けるとは……」

「くっ、不覚……!」


 こいつらの反応を見る限り、数学の点数は俺が勝っていそうだ。それもそうだろう。数学は特に力を入れた教科だった。

 七森には一番苦手だった数学を中心に教えてもらっていた。だからこそこの教科は自信があったのだ。


 ――ほら、ここはこの公式使うんだよ?


 教えてもらっていた時のことがフラッシュバックする。

 なんだか、ついこないだなのに随分前のようにも感じた。


「はぁ……」

「こいつ勝ったくせにため息ついてるぞ」

「ふっ。しかし、他の教科ではそうはいくまい。我々とてこのまま指をくわえてただ負けるわけにはいかんのだ」


 もうテスト終わった後だからどうしようもないと思うんだが。



 それから全教科テストの答案が返ってきた。前回とは異なり、赤点は一つもなく、かなり点数も向上していた。これで期末テストも問題なければ、冬休みは補習にならなくて済みそうだ。


 ただ、点数が上がったとはいえ、数学以外はお世辞にもいいとは言えないくらいであった。

 七森に各教科も要点は教えてもらっていたが、一人で勉強しただけでは、このくらいが限界だったようだ。

 何より、メンタル面が不安定だったことも大きいかもしれない。


 そしてその後、全教科揃ったところで、個人の成績が開示される。

 といっても学年全体に公表されるわけではなく、個人に各教科の点数の一覧と学年の順位が記載された一枚ペラが配られるだけだ。


『84位』


 先生から受け取った成績表にはそう書かれていた。

 前回のことを考えれば、大きな躍進である。それに七森と約束をしていた100位以内に入るという約束も達成することができた。


 だが――。


「フハハハハハ。昴よ。惜しかったな」

「っぶねー。マジで、あっぶねー!!」


 慎二たちに見せられた成績表。

 そこに書いてあった数字。


『九島慎二——82位』

『十川明彦——79位』


「…………」


 負けた。負けてしまった。合計点数にして、数点差だ。

 以前の順位からの伸びしろを考えれば、圧倒的な伸び率ではある。

 しかし、負けは負け。


「嘘だろ……?」

「じゃあ? 負けた昴には罰ゲームをしてもらいます!」

「ふむ。早く発表しろ。我は待ちきれんぞ!」


 一体何キャラだよ、とツッコミを入れる元気もない。


「はぁ……で、罰ゲームって何するんだ?」

「んなもん、告白に決まっ──」

「却下。いくらなんでもそれはなし」

「「ちぇっ」」


 二人は舌を鳴らし、露骨につまらなさそうな顔をした。

 こいつら……。

 俺が傷つく分には別に構わないが、誰かを傷つけるようなことはしたくない。


「万が一、いや億が一。成功なんてしまったらどうするつもりだよ。罰ゲームでした、なんて言ったら相手が傷つくだろ。俺は本気で誰かと付き合うつもりなんてないんだし」

「……じゃあ、そうだな。誰か女の子と遊びに誘う、でどうだ?」

「……それさっきと何が違うんだ?」

「全然違うだろ。これなら付き合うつもりがないお前でも単に遊ぶだけで済むだろ?」

「ふむ。それで得た経験を俺たちが聞き、今後に活かすというわけだな」

「そういうことだ!」

「人柱かよ。……いや、まぁ、そのくらいなら別にいいけどさ。お前らが本気で彼女作りたいってんなら、それくらい。罰ゲームだし」


 俺の言葉に二人はなんの反応も示さない。


「「…………すばるっ」」


 そして一拍の沈黙のあと、慎二と明彦が両手を繋ぎ合わせ、うるんだ目でこちらを見つめてきた。


「ねえ聞いた? 今のイケメンなセリフ……ッ!」

「きゅんっ……♡」


 絵面がひどい。

 男二人が乙女モードで見つめてくる異様な光景に、俺は全力で後ずさった。


「──まぁ、冗談はさておき」

「君の罰ゲームだ。遊びに誘う相手決めなくてはな。誰かいい相手はいるのか?」


 急に普通に戻るな。

 相手、と言われて頭にはすぐに七森の姿が思い浮かぶ。


「……」


 いや、ダメだ。俺たちは別にそういう関係じゃない。普通に遊びに行くような関係なんかじゃない。

 それに、七森を遊びに誘うなんてすれば、大事だ。他の男子たちが黙っちゃいない。


「いや、いないな」


 とそこへ。


「八上君、順位何位だった!?」


 以前、ファミレスでの勉強会の折、順位を勝負しようと約束していた六方。

 その彼女が自分の成績表を持ってやってきたのだ。


「あたし、今回めっちゃよかったよ! なんと……! 90位! すごくない? 50位くらいあがったよ!?」


 そして聞いてもいないのに自分の順位を公表する。自信満々に、まるで自分が勝っていると思っているようだ。


「悪い。俺は、これだ」

「──うそ……」


 俺が自分の成績表を目の前へ差し出すと先ほどまでのハツラツとした表情が一気に真逆のものになった。


「なんだ? 六方も勝負してたのか?」

「うん、そうだけど……九島君たちも?」

「ああ、罰ゲームをかけてたんだ。そしてこいつが負けたから、罰ゲームをさせるとこ」

「へぇ〜! なんの罰ゲームするの?」


 ほら、言ってやれよ。そんな目で、にやけた面で慎二も明彦もこちらを見てきた。


「……女の子を遊びに誘う」

「……もう誰か誘ったの?」

「いや、相手がいないからどうするか、って言ってたところだ」

「そうなんだ」


 六方は何かを考えるように口に手を当てるとチラリとこちらを見る。

 そしてまさかの提案をしてきた。


「じゃ、あたしと遊ぶ?」

「……え?」

「ほら、相手いないんでしょ? 勝負も負けちゃったし……負けた方が何か奢る約束でしょ? ちょうどいいじゃん」

「……まぁ、そうだな」

「あたし、食べに行きたいものあったんだ」


 何を奢るか、どれくらいのものを奢るかを決めていなかったので、てっきり購買くらいで済ますものかと思っていた。

 この感じだとどこかに食べに行くみたいな話になりそうだった。


「じゃ、決まり! 今日、放課後行こっか!」

「え、今日!?」

「あ、もしかして予定ある?」

「いや……」


 ちょうどない。ないけども。こんな急に決まるなんて思ってなかった。


「茜音? 八上くんたちと何話してるの?」

「あっ、星奈!」


 六方と話していると後ろから七森がやってきた。七森は六方に話しかける時、チラリとこちらを見る。そして目が合うも七森に露骨に逸らされた。


 やっぱり何か怒ってるのか……。


「なんの話をしてたの?」

「え? 今日、八上君と遊びに行くの! その話!」

「──っ」


 六方がその話をした途端。七森の顔がサッと血の気が引いたように冷たくなった。そして。


「ふーん……よかったね。八上くん」

「…………っ」

「ほら、茜音。そろそろチャイム鳴るよ?」

「あ、待ってよ。星奈! じゃ、またね、八上君!」


 七森は突き放すようにそう言うと六方と一緒に戻っていってしまった。


「なんだ? 七森となんかあったのか?」

「ふむ。大方、セクハラでもしたのだろう」

「それにしても……」

「「う゛ら゛や゛ま゛し゛い゛……」」


 血の涙まで流すこいつらを無視して、俺は席へ戻った七森を見てため息をついた。


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