第23話 うまくいかない気持ち


「それでさ、その時ね」


 結局、七森のことを聞ける雰囲気じゃない。

 そもそもそれのせいで六方を少し怒らせてしまい、先ほどあんなことになったのだ。


 それでも俺は七森のことを考えるのをやめられなかった。


 彼女は、今一体何をしているだろうか。


「八上くん、聞いてる?」

「え? あ、ああ……」

「絶対聞いてなかったでしょ?」

「その……悪い」

「……星奈と何かあった?」

「……っ」

「あ、図星だ」


 六方に言い当てられると思っていなかった俺は、思い切り顔に出てしまったようだ。

 俺たちの関係はバレていない。

 しかも学校ではほとんど話していないというのに、なんで分かったんだろうか。


「なんで分かったの、って顔してる。だって、同じクラスなのに二人、不自然なくらい話さないじゃん? この前の勉強会だって、話してなかったの八上くんと星奈くらいだったよ?」


 どうやら、関係を隠そうとするがあまり、それが裏目に出たようだ。

 六方の目にはそれが不自然に映ったらしい。


「それに今日のあの時。星奈なんか様子おかしかったし? さっきも星奈のこと聞きたそうにしてたから、これは何かあると思ったわけだよ、 ワトソン君」


 人差し指を口の前に置き、ウインクをして、まるでどこかの探偵のように自身の推理を聞かせる六方。


 よく見ている。


「二人がどういう関係か、分からないけど、何かあったなら早めにちゃんと話した方がいいよ?」

「ああ……ありがとう」

「さてと、じゃあ、帰りますか!」

「えっと、もういいのか?」

「ほら、約束はクレープを奢るって話だったでしょ? もう食べたから、解散でいいんじゃない? 八上くんも考え事あるようだし」

「……悪い」

「もう、謝らないでよ! でもそんなに悩んでるなら、あたしにもまた相談してね!」

「ありがとう。その時はそうさせてもらうよ」


 それから駅の改札にて、六方を見送り、俺は駅を出た。

 ちゃんと逃げずに話さないと。そう心に決めて、家までの道でシミュレーションをしながら、帰ることにした。





 改札を過ぎ、電車を待つあたし。

 先ほどまで一緒にいた彼のことを思い返す。


「八上くん。もしかして、星奈のこと……」


 まだ彼のことを好きになったわけじゃない。だけど、どこか寂しい気持ちになる。

 小さくため息を漏らし、やってきた電車に乗り込むのだった。


 ◆


 ほんとなにしてるんだろう。


 二人の楽しそうな様子を見て、胸が締め付けられていた。まるで私の心を表すかのように空には曇天が広がっている。

 もうすぐ雨が降りそうだった


「……帰ろう」


 とぼとぼとその場を去り、宛もなく歩き続ける。

 何も考えられない。先ほどの八上くんと茜音の笑う姿が目に焼き付いて離れない。


「ここ……」


 気が付けば、私は家ではなく、あの日八上くんと会った公園に足を運んでいた。

 吸い込まれるように公園に入り、あの日と同じようにブランコに座る。

「ぎい」と寂し気にブランコも悲鳴を上げた。


 座ってから、カバンに入れていたスマホが震えていることに気が付く。

 スマホを手に取るとそこには不在着信が何件も入っていた。


「……やっちゃった」


 二人を追いかけるのに夢中になっていた私は、最初に家に連絡を入れたきりになっていた。

 今日は習い事のある日。つまり、完全にサボってしまったことになる。


 家の電話番号から数件の後、美波個人の電話番号からも連絡が入っており、メッセージにも見たらすぐに連絡するように書いてあった。


「怒られるかな……」


 恐る恐る美波からの電話を取った。


『お嬢様! 今どこにいらっしゃるんですか!?』

「ご、ごめん。まだ学校で……ちょっと体調悪くって」

『……大丈夫ですか?』

「うん。今は少しマシになった」

『そうですか……ご無理はなさらないでください。しかし、ご連絡の一つくらいお願いいたします。心配してしまいます』

「ごめんなさい……」


 体調があまりよくないのは本当だが、サボった理由は別だ。そのことに罪悪感も感じながら元気なく謝る。


「えっと、先生には……?」

『既に体調不良とご連絡しております』

「ありがとう」


 どうやらうまい具合に口実を立ててくれていたようだ。それが自分の言い訳と同じであることに苦笑する。


『……なにかあったのですか?』

「……」

『図星のようですね』

「……なんでわかったの?」

『お嬢様は元気がないときはいつも声のトーンが低くなります。すぐにわかりますよ』


 さすが美波だ。私のことをなんでもわかっている。

 落ち込んだ時はいつも美波に慰めてもらっていた。今も無意識に慰めてもらおうとしていたのかもしれない。


「でも大丈夫! ただ体調が悪いだけだから! 美波と話してたら元気出てきた。もう少ししたら帰るよ!」

『そうですか……。ご無理はなさらないでくださいね。美波はお嬢様の味方ですから』

「……うん、ありがとう」


 電話を切って、また深くため息をつく。

 また強がってしまった。


「星奈」


 そろそろ帰ろう、そう思った時、男の人に名前を呼ばれた。

 馴れ馴れしくも私を下の名前で呼ぶ男性は、父以外には一人しか心当たりがない。


「二階堂さん……」

「先日ぶりだね」

「……はい」

「こんなところでなにをしているのかな? 今は習い事の時間だと聞いていたけれど」


 二階堂さんは、制服姿で今は帰る途中だったようだ。

 なぜ私のスケジュールまで把握しているかわからないが、彼がなぜここにいるのかも気になった。

 彼の通う南聖学院高等学校は、この場所からも少し離れている。

 そんなところに一人でというのがまた不自然だった。


「二階堂さんこそ、こんなところで何を?」

「駅前で君を見かけてね。それで思わず車を降りて追いかけてしまったのだよ。君が浮かない顔をして歩いていれば、当然だろう?」

「……」


 一見、私を心配したようにそう言う彼だが、これは優しさじゃない。


「ほら、悩みがあるなら言ってごらん。婚約者には隠し事はなしだよ」

「……まだ婚約者ではございません」

「既定路線だろう?」

「……」


 彼はもう私を手に入れた気でいる。

 あくまで最有力候補というだけなのだが、この間あった会食でより話が進んだためだ。

 私のことを幸せにする、と豪語しているが、やや傲慢な態度が透けて見える。彼のそんなところが苦手だった。


「それで今度は僕の質問に答えてもらう番だね。こんな場所で一体どうしたのかな? 場合によっては君のお父上に報告させてもらうよ」


 それはまずい。焦りを表情に出さないように私は冷静は答える。


「別になんでもございません。帰りに少し体調が悪くなり、ここで休憩しておりました」

「休憩ね。まぁ、いいだろう。では、送ろう。体調が芳しくないのであれば、なおさらだ」

「大丈夫です。迎えも読んでおりますし、二階堂さんのお手を煩わせるわけには行きませんので」


 できるだけ彼の機嫌損ねないよう、普段見せないように笑顔を織り交ぜながら丁寧断る。

 もし、ここで父に報告となってしまえば、かなり面倒なことになる。それは避けたかった。


「……そうかい。君がそう言うなら尊重しよう。差し出がましいことを言ったね」

「お心遣い感謝します」

「ふふ。では、僕はこれで失礼するよ」


 私の笑顔に満足したのか、二階堂さんは呆気なく引き下がり、公園を出ていった。

 そして公園の外に止めてあった黒塗りの高級車に乗り、行ってしまった。


「はぁ……」


 取り繕った笑顔。疲れた。

 落ち込んでいた心がますます沈んでいく。

 もう少しだけ、ここにいて心を落ち着かせよう。


「七森」


 そんな私の名前をまた誰かが呼んだ。



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