第6話:魔法学院への道

 朝の光が窓から差し込み、淳を目覚めさせた。昨夜の疲れが残っていたが、新しい一日が始まったことを否応なく実感する。


 扉がノックされ、マリアベルが入ってきた。


「おはようございます、賢者様。本日は魔法学院への訪問が予定されています」


 淳は緊張した面持ちで頷いた。


「朝食の後、出発します。学院長が心待ちにしています」


 マリアベルの口調には、少し皮肉めいたものが感じられた。


 朝食を終え、身支度を整えた淳は、マリアベルに案内されて城の正門へと向かった。そこには小さな馬車が待っていた。


「初めて城の外へ出るのですね」


 マリアベルが言った。


「王都の風景を楽しんでください」


 淳は不安を抱えながらも馬車に乗り込んだ。城の正門を出ると、そこには活気ある街の風景が広がっていた。


 石畳の道路、カラフルな旗で飾られた建物、市場のざわめき。異世界の町並みは、どこか中世ヨーロッパと東洋の要素が混ざったような雰囲気を持っていた。


 馬車が進むにつれ、街の人々が足を止めて見つめてきた。淳の乗る馬車には王家の紋章が描かれており、特別な客人だと認識されているようだった。


「あれが賢者様の馬車だ!」


「本当に賢者様が来られたんだ!」


 町の人々が指さし、子供たちが興奮して走り寄った。淳は窓から身を引いた。


 マリアベルは淳の反応を見て言った。


「噂はあっという間に広まります。昨日の謁見の話は、すでに町中に知れ渡っています」


 馬車は徐々に住宅街を抜け、より整然とした区画へと入っていった。そこには立派な建物が並び、多くの若者たちが行き交っていた。


「ここが学者の区画です」


 マリアベルが説明した。


「哲学、歴史学、自然科学、魔法学など様々な学問の学舎や研究所があります」


 淳は窓の外を興味深そうに見ていた。本や学問の話になると、彼の緊張はわずかに和らいだ。元々、大学で学ぶことが好きだった彼にとって、知的活動は親しみのあるものだった。


「あそこが錬金術の研究所、そしてこちらは天文台です」


 幾何学的な美しさを持つ建物の数々。窓ガラスから漏れる不思議な光。実験器具を持って歩く学者たち。すべてが新鮮で興味をそそられた。


 マリアベルは淳の表情の変化に気づいたようだった。


「学問にご興味がおありですか?」


 淳は無意識に頷いた。


「それは意外ですね」


 マリアベルの目に、わずかな驚きが浮かんだ。


 馬車はさらに進み、丘の上に建つ壮大な建物の前で止まった。青い屋根と白い大理石の壁を持つ建物は、周囲を圧倒する存在感があった。


「魔法学院です」


 マリアベルが言った。


「この大陸で最も優れた魔法使いたちが集う場所です」


 馬車から降りると、階段の上には白髪の老人が数人の若い魔道士を従えて立っていた。老人の顔には期待に満ちた笑みが浮かんでいた。


「ついに、ついに!」


 老人は嬉しそうに両手を広げた。


「賢者様のご来訪、心より歓迎いたします!」


 マリアベルが小声で説明した。


「ガレッツ・マグヌス学院長です。魔法理論の第一人者であり、35年にわたって学院を率いてきました」


 階段を上りながら、淳は老人の熱狂的な様子に動揺した。学院長は淳の近くまで来ると、深々と頭を下げた。


「伝説の賢者様にお会いできるとは、なんと光栄なことでしょう。特に『沈黙の魔法』の使い手である賢者様をお迎えできるとは!」


 淳は言葉に詰まった。マリアベルが助け舟を出した。


「賢者様は長旅でお疲れです。まずは学院内をご案内してはいかがですか?」


「もちろん、もちろん!」


 学院長は嬉しそうに言った。


「まずは大講堂へ。そこで学生たちによる魔法の実演をご覧いただきましょう」


 淳は学院の中へと案内された。天井が高く、光り輝く水晶の球体が浮かんで廊下を照らしていた。壁には魔法陣やさまざまな図形が描かれ、所々に古い書物や魔法の道具が展示されていた。


 廊下を歩きながら、淳は一枚の肖像画の前で立ち止まった。古びた額縁の中には、困惑したような表情を浮かべた中年の男性が描かれていた。その表情は、どこか淳自身に似ているように感じられた。


「あれは初代賢者の肖像画です」


 マリアベルが説明した。


「約千年前、大陸を統一するのに貢献した伝説の人物です」


 淳はその肖像画をじっと見つめた。初代賢者の目には、焦りと混乱が見え隠れしているようだった。まるで自分の気持ちが映し出されているかのようだ。


「興味深いですね」


 マリアベルが淳の反応を観察していた。


「あなたと初代賢者には何か共通点があるのかもしれません」


 学院長が先を急かした。


「さあ、大講堂へ参りましょう。学生たちが待ち遠しく思っています」


 淳は肖像画から目を離し、一行について行った。巨大な扉の向こうからは、多くの人々の話し声が聞こえていた。


「深呼吸だ」


 淳は心の中で自分に言い聞かせた。


「何とか乗り切ろう」


 扉が開かれ、数百人の学生たちが詰めかけた大講堂が現れた。淳が姿を現すと、場内は水を打ったように静まり返った。


 すべての視線が淳に集まる中、学院長が大声で宣言した。


「皆さん、伝説の賢者様の来訪です!」


 会場から大きな拍手が起こり、淳は再び緊張で硬直した。これから何が起こるのか、不安が膨らむばかりだった。

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