第7話:魔法の実演
大講堂は信じられないほど広く、天井は高くアーチ状に湾曲していた。何百もの蝋燭が空中に浮かび、幻想的な光景を作り出している。壁には古代の魔法陣が描かれ、かすかに光を放っていた。
学生たちは青と白の制服を着ており、年齢は十代から二十代までさまざまだ。全員が興奮した様子で淳を見つめていた。
学院長は壇上で手を挙げた。
「今日は特別な日です。伝説の賢者様をお迎えし、私たちの学院の誇りである学生たちの魔法をご覧いただきます」
淳は中央の特別席に案内された。マリアベルが隣に座り、その動向を注視していた。
「まずは元素魔法の実演から」
学院長が宣言した。
若い男子学生が壇上に上がり、深く頭を下げた。
「賢者様の前で演じさせていただくことを光栄に思います」
彼は両手を広げ、何かを唱えた。指先から赤い光が生まれ、やがて炎の球となった。炎は空中で踊るように形を変え、美しい花の形になったかと思うと、翼を広げた鳥へと変化した。
観客から歓声が上がる。
淳は目を見開いた。本物の魔法だ。これがファンタジーではなく、この世界の現実なのだと実感した。
続いて女子学生が水の魔法を披露した。彼女は空気中から水を作り出し、それを巧みに操って渦を作り、最後には淳の顔を模した像を作り上げた。観客は感嘆の声を上げた。
学院長は満足そうに笑った。
「これは基礎的な元素魔法です。次に生命魔法をご覧ください」
年配の学生が鉢植えの小さな苗木を持って現れた。彼は手を苗木の上に置き、静かに詠唱を始めた。すると、苗木はみるみるうちに成長し、美しい花を咲かせた。
「生命の力を操る魔法です。治癒や成長を促進します」
学院長が説明した。
淳は驚きを隠せなかった。これらはすべて本物の魔法だった。その事実が、彼がいかに異世界にいるかを痛感させた。
「次は精神魔法です」
若い女性魔道士が前に出て、淳に向かって微笑んだ。
「少し怖いかもしれませんが、害はありません」
彼女が指を動かすと、淳の視界が変わり始めた。大講堂が森に変わり、木々が生い茂り、鳥のさえずりが聞こえた。それが一瞬で消え、元の講堂に戻った。
「幻影魔法です。精神に直接働きかけます」
学院長が説明した。
最後に年配の魔道士が現れた。彼は複雑な魔法陣を床に描き、その中央に小さな石を置いた。長い詠唱の後、石が消え、講堂の反対側に現れた。
「空間魔法です。最も高度で難しい魔法の一つです」
学生たちの実演が終わると、大きな拍手が起こった。学院長が淳に近づいた。
「どうでしたか、賢者様? 我が学院の学生たちの腕前は?」
淳は素直に感動していた。
「素晴らしいです……」
学院長は嬉しそうに笑った。しかし、すぐに真剣な表情になった。
「そして今、私たちが最も知りたいのは……」
学院長は声を落とし、周囲の学生たちも息を潜めた。
「伝説の『沈黙の魔法』についてです」
講堂が静まり返った。すべての視線が淳に集まった。
「伝説の沈黙の魔法」
学院長が畏敬の念を込めて語り始めた。
「言葉を使わずに真理を伝え、相手の心に直接働きかける神秘的な力。初代賢者が使ったとされる伝説の魔法です」
淳は混乱していた。そんな魔法、知るはずがない。
「賢者様、もしよろしければ……沈黙の魔法をご実演いただけないでしょうか?」
会場が緊張に包まれた。淳は口を開いたが、何も言えなかった。恐怖と混乱で言葉が詰まったのだ。
沈黙が流れた。
突然、学院長が両手を打ち鳴らした。
「まさに今、賢者様は沈黙の魔法を示されている!」
淳は唖然とした。
「見よ、言葉なく、沈黙のままで我々に真理を伝えようとされている!」
学院長は興奮した様子で言った。
「この静寂の中に、深遠な意味が込められているのです!」
学生たちからどよめきが起こった。淳の単なる沈黙が、また特別な魔法として誤解されたのだ。
マリアベルが淳の表情を注意深く観察していた。彼女の目には、疑念と好奇心が混ざっているようだった。
学院長は興奮のあまり、少し落ち着きを失っていた。
「学生諸君、これぞ真の魔法だ! 詠唱も魔法陣も不要。純粋な精神の力だけで働く究極の魔法!」
淳は戸惑いながらも、無言でいることしかできなかった。その沈黙が、逆に「賢者」としての評価を高めていることに、皮肉な現実を感じた。
「賢者様、学院の図書室をご案内します」
学院長は興奮した表情で言った。
「古代の魔法書や、初代賢者に関する記録が保管されています」
場内の興奮が収まらない中、淳はマリアベルと共に学院長に従って大講堂を後にした。
広い図書室には床から天井まで本棚が並び、数万冊の書物が収められていた。古い羊皮紙の香りが漂い、所々で学生たちが静かに勉強していた。
「こちらが私たちの誇りです」
学院長は声を落として言った。
「大陸最大の魔法文献コレクションです」
淳は本棚を見回し、無意識のうちに関心を示した。本や知識に対する興味は、彼の本来の性質だった。
「何かお探しのものはありますか?」
学院長が尋ねた。
淳は迷った後、小さな声で尋ねた。
「初代賢者の……記録は?」
学院長は嬉しそうに微笑んだ。
「もちろん! こちらです」
古い書架から、革表紙の分厚い本が取り出された。「賢者の書」と金色の文字で書かれていた。
「これは初代賢者の言行録の写本です。原本は王宮に保管されています」
淳は恐る恐る本を手に取った。ページを開くと、古い言語で書かれた文章と、所々に描かれた挿絵が目に入った。
一つの挿絵に淳の目が留まった。そこには人々に囲まれ、困惑した表情を浮かべる人物が描かれていた。その表情は、まるで淳自身のようだった。
マリアベルが淳の肩越しに覗き込んだ。
「興味深いですね。初代賢者も、あなたと同じような表情をしているようです」
学院長は淳の反応に満足げだった。
「賢者様のような方が、私たちの図書室に興味を示してくださるとは光栄です」
淳が本に見入っている様子を見て、マリアベルの表情が少し変わった。
「賢者様、本当に知識がお好きなようですね」
淳は小さく頷いた。
「予想外でした」
マリアベルはつぶやいた。
「あなたの真の興味が見えてきたような気がします」
学院長はその会話に気づかず、熱心に他の古文書についても説明を続けていた。淳は「賢者の書」を大切に扱いながら、その内容に引き込まれていった。
この時、誰も気づいていなかったが、マリアベルの淳に対する見方が、少しずつ変わり始めていた。
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