第4話:国王謁見

 朝日が窓から差し込み、淳の目を覚ました。一瞬、自分がどこにいるのかわからなかった。豪華な天蓋付きのベッド、彫刻が施された家具、広々とした部屋。


「夢じゃなかったんだ……」


 寝返りを打つと、扉がノックされた。


「賢者様、朝食をお持ちしました」


 従者たちが次々と入ってきて、朝食のテーブルを整えた。続いて、異なる従者たちが美しい衣装を持って現れた。


「本日は国王陛下との正式な謁見の日です。こちらの正装をお召しください」


 緑の生地に金糸で複雑な模様が刺繍された豪華な衣装を広げる従者たち。淳は慌てた。


「あ、ありがとう……自分で着替えるから」


「でも、賢者様、この正装は一人では——」


「大丈夫、お願いします」


 淳は慌てて従者を制した。


「人に服を着せられるなんて絶対無理だ……」


 心の中でつぶやく。社会不安障害の彼にとって、人に体を触れられることは耐えられない苦痛だった。


 従者たちは不思議そうな顔をしたが、深々と頭を下げると退出した。淳は一人で何とか衣装を身につけた。鏡に映る自分は、まるで別人のようだった。


 朝食を終えると、マリアベルが現れた。


「賢者様、ご準備はよろしいですか」


 淳は小さく頷いた。


 長い廊下を歩きながら、マリアベルは王国の基本情報を説明した。


「グランディア王国は四つの国に囲まれた中央の大国です。北にノースガード公国、南にメリディア商業連合、東に東方諸国連盟があります」


 淳は黙って聞いていた。異世界の国々の名前が現実味を帯びてくる。


「北の国境問題が特に深刻です。ノースガード公国が軍を国境に集結させており、我が国との緊張が高まっています」


 進むにつれて、淳の足取りは重くなっていった。謁見の間に近づくにつれ、緊張で体が硬くなる。


 マリアベルは足を止めた。


「賢者様、王の前でも怯まないでください。あなたは偉大な力を持つ方なのですから」


 その言葉には皮肉めいたものが感じられた。謁見の間の大扉の前で、マリアベルは最後の言葉を添えた。


「陛下はあなたの言葉を心から期待されています。この国の未来がかかっているのです」


 大扉が開かれると同時に、中の喧騒が一瞬で静まり返った。すべての視線が淳に集まる。あの大学のゼミ発表の時と同じ感覚が蘇った。足が震え、喉が渇く。


 赤い絨毯が遠くの玉座まで一直線に伸びていた。両側には色とりどりの衣装を着た貴族たちが整列している。


 玉座には昨日会った国王が座っていた。王冠を被り、威厳に満ちた表情で淳を見つめている。玉座の隣には昨日遠くで見かけた若い女性が立っていた。淡い金髪と澄んだ青い瞳を持ち、気品ある美しさを漂わせている。


 淳は緊張しながらも、赤い絨毯の上を歩いた。胸の鼓動が激しく、足が震えそうになるのをこらえた。


 玉座の前に着くと、周囲の貴族たちが静まり返った。国王が立ち上がり、淳に語りかけた。


「伝説の賢者よ、我がグランディア王国へようこそ。あなたの知恵が、今の我々には必要なのです」


 国王は重々しい声で続けた。


「我が国は危機に瀕しています。北のノースガード公国は軍を国境に集結させ、南のメリディア商業連合との貿易摩擦は深刻化し、東方諸国連盟からは不穏な動きが報告されています」


 淳は黙って聞いていた。政治的な問題について何も知らない。何も言えるはずがなかった。


「賢者様、この危機についてのご意見をお聞かせください」


 国王の言葉に、広間は静まり返った。すべての視線が淳に集まる。


 淳は口を開こうとした。


「それは……」


 しかし、言葉が続かなかった。緊張で喉が締め付けられるようだった。沈黙が流れた。


 意外なことに、国王は満足げな表情を見せた。


「さすがは賢者。軽々しく答えを出さず、深く考えておられる」


 貴族たちの間でうなずきが広がった。再び誤解されたのだ。


 国王は側近たちと小声で相談し始めた。その様子を見ながら、淳は金髪の女性——エレノア王女の視線を感じた。彼女は興味深そうに淳を観察していた。


 しばらくの相談の後、国王が再び立ち上がった。


「賢者様の深遠なる沈黙から、私は理解した。我々は個別の交渉ではなく、四カ国が一堂に会する場を設けるべきなのだ」


 側近の一人が口を開いた。


「四カ国会議ですか? しかし陛下、そのような前例は——」


「前例がなくとも、賢者様の知恵に従おう。準備を始めるように」


 淳は唖然としていた。自分の沈黙から、国王がそのような結論を導き出すとは。


「明日の朝食後、改めて詳細を相談しましょう」


 国王は淳に告げた。


「今日はゆっくりお休みください」


 謁見式は終わり、淳は退出を許された。扉に向かって歩きながら、エレノア王女が一瞬、好奇心に満ちた目で淳を見つめるのを感じた。


 退出口の近くで、グレーがかった黒髪の中年男性が小声で部下に指示していた。


「計画通りだ」


 という言葉が、かすかに淳の耳に届いた。


 マリアベルが淳のもとに戻ってきた。


「お疲れさまでした、賢者様。陛下は大変満足されていました」


 淳は黙って頷いた。


「今夜は陛下の命により、歓迎の宴が催されます。しばしお休みになられてから、準備をされるとよいでしょう」


 淳の部屋に戻る途中、彼は自分がどれほど異世界の政治に巻き込まれつつあるのかを実感した。「賢者」という誤解が、思わぬ方向に事態を動かし始めていた。

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