第3話:賢者様の部屋
マリアベルに案内され、淳は王城内の廊下を歩いていた。足下には赤い絨毯が敷き詰められ、壁には歴代国王の肖像画が飾られていた。窓から差し込む夕陽が、廊下の黄金の装飾品を輝かせていた。
淳の足取りは次第に重くなっていった。すべてが夢のようで、現実感がなかった。
「賢者様、どうなさいました?」
マリアベルが振り返って尋ねた。
「あ、いえ……」言葉が詰まる。
マリアベルは小さく笑った。
「さすが賢者様、王城の造りを見定めておられるのですね」
「また誤解された……」
淳は心の中でつぶやいた。
長い廊下の先、マリアベルは両開きの大きな扉の前で立ち止まった。扉には複雑な木彫りが施されていた。
「こちらが賢者様のお部屋です。歴代の賢者が使用していた特別な部屋です」
扉が開くと、花と香木の芳香が漂ってきた。淳が足を踏み入れると、部屋の豪華さに息を呑んだ。天蓋付きの巨大なベッド、見事な彫刻が施された家具、窓から見える美しい庭園。すべてが夢のように豪華だった。
マリアベルは従者たちに指示を出した。
「湯を用意し、食事を運ぶように」
従者たちは深々と頭を下げると、急いで部屋を出て行った。
淳は窓辺に立ち、外の景色を眺めた。見知らぬ街並み、遠くに広がる山々、そして見たこともない星座が浮かび始めた紫がかった空。確かにここは地球ではない。
「賢者様」
振り返ると、マリアベルが冷たい視線を向けていた。
「『沈黙の魔法』についてお伺いしてもよろしいでしょうか」
「沈黙の……?」
「沈黙の魔法。言葉を使わずに真理を伝える伝説の魔法です。あなたは使えるのですか?」
淳は答えられなかった。そんな魔法、知るはずがない。しかし、言葉に詰まって沈黙すると、マリアベルは小さく笑った。
「やはり……」彼女の表情は何かを確認できたような顔だった。
扉が開き、従者たちが水や食事を運んできた。銀の器に載せられた料理は見たこともないものばかり。従者たちが去った後も、マリアベルは淳の一挙手一投足を観察し続けた。
「賢者様、グランディア王国の料理はいかがですか?」
彼女は淳が食事を前にして戸惑う様子を見て尋ねた。
淳は恐る恐る一口食べてみた。信じられないほど美味しかった。果実は甘さと酸味のバランスが絶妙で、スープは体の中から温まるような不思議な感覚をもたらした。
「とても……美味しいです」
淳は素直に答えた。
マリアベルは微かに驚いた表情を見せた。
「そうですか。お口に合ってよかったです」
彼女の態度には常に警戒心が感じられた。淳を試すように観察し、一つ一つの反応を見極めようとしているかのようだった。
食事を終えると、マリアベルは深々と頭を下げた。
「本日はこれで失礼します。朝になりましたら、また参ります」
マリアベルと従者たちが退室し、淳は初めて一人になった。部屋の中央に立ち、深いため息をついた。
窓に近づき、異世界の夜空を見上げる。見知らぬ星座が輝いていた。
「ここは本当に異世界なんだ……地球じゃない。どうやって帰ればいいんだろう」
「なぜ皆、僕のことを『賢者』だと思っているんだろう。何かの間違いだ」
「でも……今はただ生き延びるしかない」
巨大なベッドに座り、状況を整理しようとした。自分がなぜここにいるのか。「賢者」とは何なのか。この世界の仕組みはどうなっているのか。疑問は尽きなかった。
部屋の隅で何かが動いた気がして、淳は慌てて振り返った。小さな影が一瞬見えたような気がしたが、すぐに消えてしまった。
「誰か……いるの?」
返事はなかった。窓の外からは月明かりが差し込み、部屋を銀色に照らしていた。
淳はもう一度ベッドに戻り、柔らかなシーツに体を沈めた。疲労が一気に押し寄せてきた。
「明日、どうなるんだろう……」
そんな不安を抱えながらも、豪華なベッドの心地よさと疲労で、淳はすぐに深い眠りに落ちた。夢の中でも、銀髪の女性の冷たい視線と、遠くに立っていた金髪の美しい女性の姿が、交互に現れた。
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