第164話 人類最強軍団プラス悪魔

そういえば以前、ミルズくんから聞いたことがある。ルークさんは地上最高の魔法使いではなく、最高の魔法使いなのだと。


ということはつまり、オールタイムベスト。映画でいえば、『ゴッドファーザー』とか『市民ケーン』とか、ああいうレベルの人。


そんなルークさんが、手加減なしで最強魔法をぶっぱなしたらどうなるかってことだけど――


「や……やっべえええぇぇ!」


はい。声出したの俺ね。何ていうか、災害とかじゃなくて、そのまんま災害。ニュースとかで見る、アメリカの巨大ハリケーン映像。まさにあんな感じですよ。


鎌鼬かまいたちのような風の刃に切り刻まれた魔物たちが空高く巻き上げられ、断末魔が乱れ飛ぶ。見えない巨大ミキサーでかき混ぜられた肉から、おびただしい量の血飛沫ちしぶきが飛んでくる。これじゃまるで、一方的な虐殺ぎゃくさつ。倒すべき敵とはいえ、ちょっと可哀想に感じてしまう。


ようやく風が治まると、眼下の魔物の集団の中に、直径五十メートルくらいの空き地ができていた。


「あそこに降りる! 行くぞ!」


ギデゾウの声と共に、地上部隊五人を乗せたワイバーンが急降下。上空五メートルくらいのところで、アニスさんが真っ先に飛び降りた。それにならい、俺たち四人も次々に飛び降りる。


「あとは風の矢ウインドアローで援護するぞい!」

「僕は皆さんの後方に付きます! 怪我をしたら戻ってきてください!」


上空から、支援部隊二人の声が聞こえてきた。


「タラキ! アニスを頼むぞ! アニスもタラキから離れず――」

「うるさい! 子供扱いするな!」


アニスさんの怒声どせいが響く中、地上へと降り立った俺たちに、獣型の魔物がうなり声をあげながら突進してきた。状況判断ができるのか、それとも本能的なものなのか、小柄なアニスさんを狙っている。


「無駄だ!」


が、着地と同時に弓を構えていたアニスさんは、冷静に精霊砲レールガンを発射。口の中に吸い込まれていった矢が貫通し、首の後ろから飛び出した。五百キロはありそうな巨体が、一瞬で力尽き、崩れ落ちる。


「アニス・アナスタシア! やるではないか!」


お次はギデゾウ。例のごとく、二本の両手剣クレイモアを目にも止まらぬ速度スピードで振り回し始めた。


「ちょっと待て! こいつらは――って、うおっ!」


俺がワイバーンをどうするか聞こうとしたとき、五匹は再び空中へ飛び上がった。


「上空から炎で攻撃する! お前はデカブツを狙え!」

「分かった! って、後ろ――」


いつの間に接近していたのか、身体中血塗ちまみれの一ツ目巨人が、ギデゾウの背後で棍棒を振り上げていた。ルークさんの魔法をまともに食らって、それでも絶命しなかった耐久力タフネスの持ち主ってわけか。


「遅い!」


ギデゾウが振り返り、一閃。敵の方が先に動き出したはずなのに、先に当たったのはギデゾウの両手剣クレイモア。左手の剣で棍棒を持った右腕を切り落とすと、そのまま回転の勢いに任せて、右手の剣で首を落とした。


「こういう奴だ。こういう奴は魔法では殺せん」


反り血を浴び、新品の軍服がに染まる。やっぱりこいつ、滅茶苦茶な強さだ。しかも悪魔あくまだから、体力は無尽蔵むじんぞうなうえ、不死身ときてる。一対一タイマンならともかく、戦場においてはぶっちぎりの最強だ。


ん? それなら俺も、一対一タイマンの強さにこだわる必要は無くね?

そうだ! 戦場じゃあ神獣の咆哮もっちんぱおーんを使うことはないし、腕を獣人化させた方が活躍できる――


と、考える間もなく来やがった! 懐かしのボスオーク!

けど、真っぐ斧を振り下ろすだけか。まったく、そんなもんが俺に当たるとでも思ってんのかね? ほら。こうやってささっとけて、反撃の肝臓打ちリバーブローを――


って、体が動かない?




やばい! いつの間にか、俺の心のセンシティブな部分が活性化してやがる! さっきのルークさん、アニスさん、ギデゾウによる虐殺ぎゃくさつショーを見てしまったせいか?


やはり、一度戦場に出たくらいじゃ、心は鍛えられないか。

くそう。ボスオークの野郎、調子乗って斧振り回してきやがった。妄想リカバリをしようにも、これだけ途切れなく攻撃されると――


「ふんっ!」


そのとき、颯爽さっそうと現れたカーライルくんが、ボスオークの脇腹に横凪よこなぎの一振りを加えた。うめき声をあげ、膝をつくボスオーク。しかし、この巨体が相手では、一撃で仕留められない――


「はっ!」


間髪入れず、イケメン剣士は身をひるがえし、うずくまったボスオークへ返しの一刀を入れた。ちょうどギロチンみたいに、後ろから首を切断。で、ゴロゴロと転がってきた頭が、俺の足元までやってきたわけね。顔をこっちに向けて。


「ひっ!」


さながらホラー映画のような光景に、思わず悲鳴を上げてしまった。恥ずかしい。カーライルくんに聞かれちまったかな……


と、反り血を浴びたカーライルくん。剣を見ながら、何やらつぶやいてるぞ。


「ふふふ……さすが名匠めいしょうが仕上げた剣。よォく切れますねェ……」

「ひぃっ?」


そうだった。カーライルくんはギデゾウによる洗脳を受けて、コワーライルくんになってるんだ。瞳孔どうこうバキバキの目で、口元をゆがめながら剣に話し掛けるその姿は、まるっきりイケメンサイコパス。俺は再び悲鳴を上げた。


しかし……コワーライルくんのお陰で、時間ができたぞ。


よし! 今ならいける! 方面に抜け目のない俺は、ここに来る前のやり取りをて、新たな着想を得ているのだ!


童貞の意味すら知らないアニスさん……つまり、彼女の性知識はゼロ!

こいつを、ミアさん(肉食系女上司ver.)と組み合わせれば――




(な、何だ? さっきまで硬かったのに、フニャフニャになったぞ)

(アニス。男とはそういうものなんだ。一度果てると、回復するまで時間が――)


(早く……早く硬くしろ!)

(こ、こら! そんなに乱暴にしたって駄目だ! まったく……見てろ)


(ミア。それは……何をやってるんだ?)

(知らないのか? 男はこうすると、早く回復する。アンタもやってみろ)


(こ、こんな感じか?)

(ああ。初めてにしては上出来だ。それじゃ、アタシはから責める)


(タラキ……どうだ? 元気になったか?)

(ふふ……触ってみろ。カチカチだ)




アニスさん(性的なことに興味津々ver.)の完成!

八英雄二人が、で夢の共演! 

ゴージャス! この上なくゴージャス! たぎる! たかぶる! ほとばしる!


異世界からやってきた風神、多良木伸彦たらきのぶひこしてまいる! ルークさんが魔法の災害なら、俺は筋肉の災害だ! 


むっ? あれは、ギデゾウの家に行く途中で遭遇した三ツ首の蛇! 興味津々少女アニスさんに狙いをつけてやがる!


確か奴は、首が二本なくなっても死なない。ということは、がメインで、しかも連続攻撃ができないくさエルフは絶望的に相性が悪いわけか。


よし! ならば、、しかも連続攻撃に特化した俺が潰す!


「どおりゃあ!」


情けも恐怖も消失した俺は、迷うことなく蛇野郎に接近! スキだらけのどてっぱらに、渾身こんしんのローキックをぶち込む! どうだ爬虫類はちゅうるい! 哺乳類をめんじゃねえ!


巨体がグラリと傾く。持ち上げた三つの首が、だらりと落ちる。よし! この位置なら当たるぞ!


「はい! はい! はいぃっ!」


左裏拳、右正拳、右裏拳の三連撃! 意識を断ち切るのに十分な威力! 三ツ首の蛇はその場に崩れ落ち、上空のワイバーンが吐き出した炎によって焼却処分された。


ふふふ。精神的な弱さを克服すれば、この程度の雑魚ザコに苦戦はしない。

と、興味津々少女アニスさんが、奇妙なものを見る目て俺を見つめている。


「お、お前……こんなに強かったのか?」

「え? まあ、これくらいできなきゃ、アニスさんのボディガードは務まら――」


その会話の中に、空から声が割り込んできた。


「か弱き乙女おとめを命懸けで守る! まさに男の中の男よのう!」


うわ。ルークさん、こんなときでもアニスさんしをぶっこんでくるとは。他人の恋愛話が三度の飯より好きな陽キャ連中でも、命のりの現場では自重すると思うのだが……あのおじいちゃんにとって、アニスさんと俺をくっつけるってのは、それだけ重要なことなのか。


「私はか弱くない! この筋肉馬鹿が常識外れなだけだ!」


そしてアニスさんのこの台詞セリフ。絶対、俺に好意なんか無いよね。


で、それの何がまずいかって、高校生だったときと同じ状況――美琴みことちゃんが好きだということを陽キャ連中にバラされ、告白もしてないのに『伸彦のぶひこくんに好かれてると思うと死にたくなる』って言われたときと同じ状況になってしまうってことだ。


あのときの俺は、クラスカーストの最下位に君臨していたからダメージも少なかったが、今回はそうではない。ミアさんから『タラキ、元気を出せ』ってはげままされ、ミルズくんから『もっといい人がいますよ!』ってなぐさめられ、ギデゾウには『童貞の分際で高望みしおって』と笑われ――


まあ、暗いことを考えていても仕方ない。ミルズくんに頼んで、腕を獣人に戻してもらうか。


そのとき、足の裏がかすかな振動を感じ取った。


「ん? これって――」

「あ……あのときと同じだ! 関所で――」


俺のつぶやきに応じるように、ミアさんが叫ぶ。同時に地面が爆発し、土埃つちぼこりの舞う中、二匹の巨大クロウラーが姿を現した。


「や、やっぱり! 最悪だ!」

「タラキ! 離れろ! こいつはアタシがやる!」


右腕消失のトラウマがよみがえり、狼狽うろたえる俺を気遣ったのか、ミアさんが前に進み出た。しかし、いくら八英雄最強のミアさんでも、この巨体が相手じゃ分が悪い――


って、何だあの構え? 切っ先を前に向けてるってことは、突き技をするつもりなんだろうけど、スタンスを広く取って、腰を思いっきりひねって……


「はあっ!」


気合一閃、ミアさんの剣から放たれたが、離れた位置にいるクロウラーの先端部分――たぶん頭に直撃し、手榴弾しゅりゅうだんでも投げつけたかのように爆発。血と肉を巻き散らし、そのまま動かなくなった。


「い、今のは……?」

「ん? そういや、タラキの前で使うのは初めてか」


魔法じゃない……んだよな? ミアさんが使える魔法は、ドーガンさんに教わったアレだけだって話だし。

 

ってか! こんな技があるなら、やっぱりあのとき、俺が外でゾンビ軍団と戦ってた方がよかったんじゃ?


いや。間違いない。あのときはグロいのと戦いたくないって理由で中に残ったけど、敵とのを考えれば、ミアさんが中、俺が外が正解だったんだ。


まあ、最終的には、ミルズくんがユーゲントさんに指導してもらってパワーアップしたって結果になったから良かったけど……こういうの、ちゃんと反省しないとな。って、思ったより大事だ。


って、そんなことを考えてる場合じゃない! もう一匹のクロウラーが、例の電撃を放とうとしてやがる!


「ふんっ!」


けど、何の問題もなかった。走り込んできたギデゾウが、叩き付けるような両手剣クレイモアの一振りで、クロウラーの馬鹿でかい胴体を真っ二つに切断したからだ。


ミアさんもギデゾウも、俺が大苦戦した巨大クロウラーを、こんなに簡単に倒しちまうとはねえ。うん。やっぱり、って大事だ。




その後は、近付いてくる魔物どもをちぎっては投げ、ちぎっては投げ……といった状況になり、結局、獣人の右腕地獄ニートの出番は無かった。


この圧勝劇の立役者は三人。ギデゾウ、アニスさん、ルークさんだ。確かに、ここにいる面子めんつはいずれも一騎当千の精鋭だが、中でもこの三人は、一対多の状況でこそ力を発揮する。やはり戦場では、射程の長さ、攻撃範囲の広さが正義だな。素手格闘ステゴロ専門の俺、あまり役に立ってないや。


「予想以上にうまくいったな」


疲れ知らずのギデゾウが、俺に話し掛けてきた。


「ああ。お前とアニスさんとルークさんが強過ぎるぜ」

「では、が少しの間離れても問題は無いな?」

「まあ、大丈夫っちゃあ大丈夫だけど……何する気だよ?」


ギデゾウは、返り血でに染まった顔を向け、にやりと笑った。


「うまくいけば、この戦いをことができるかもしれん」

「……それって、を狙うってことか?」


「そうだ。ネズミがどんな奴か分からんが、人間であることは間違いない」

「つまり、俺たち以外の人間がいれば、それがってわけか」


俺の問いに、ギデゾウは再び笑みを返した。


(そうだ。ここから先は念話テレパシーで話そう)

(お、おう)


(それでは行ってくる。生きていたらまた会おう)

(あのなあ。お前は悪魔あくまだから死なねえし、俺は死んでも――)


そう言い掛けて、俺は思い出した。この戦いで死んだら、悪魔あくまになることを。


そのことを察したのか、ギデゾウは最後に笑顔を見せ、剣を振り回しながら走って行った。


しかし俺、本当に悪魔あくまになるのだろうか。よくよく考えてみれば、を送れなければ悪魔あくまになるってのは、単なる推測に過ぎないわけで、リザベルさんがそう言ったわけではない。それに、仮にそれが事実だとすれば、愛する者と共に生きていくことができなくなった俺は、既に悪魔あくまになることが決まっているわけで――


「タラキ。ギデオンはどこに行ったんだ?」


そんなことを考えていると、ミアさんが話し掛けてきた。


「それが、を探すって言って、剣振り回しながら走っていきました」

「術者? 奴は確か、探し出すのは難しいと言ってなかったか?」


「言ってましたね。けど、なんか楽勝っぽい状況だから、ちょっと探してくるって」

「そ、それで……一人で行ったのか?」


「まあ、あいつは不死身ですから、たとえ大怪我しても、後で回収すれば――」

(見つけた)


俺の会話に割り込むように、ギデゾウのテレパシーが飛んできた。


(人間がいる。四十代くらいの男だ)

(マ……マジかよ? お前が離れてから、まだ二、三分くらいしかってないぞ?)


信じられない。こいつ、どれだけ幸運ラッキーなんだ?


俺の声色こわいろの変化に気付いたのか、ギデゾウは例の馬鹿笑いをはさんで、静かに、落ち着いた口調で言った。


(それでは、あの男を始末して、この戦いを終わらせるとしようか)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る