第165話 どこにでもいる普通のオジサン

「見つけたって……本当にそう言ったのか?」


ギデゾウの話をそのまま伝えると、ミアさんは震え声で聞き返してきた。


「はい。間違いなく。それに、この戦いを終わらせるって言ってましたね」

「それはつまり、その術者を殺す……ということか」


ミアさんとの会話の途中、ふいに魔物たちによる攻撃がんだ。それから、最後まで剣を振り回していたコワーライルくんを俺とミアさんとでなだめると、辺りは急に、不気味なほどの静けさに包まれた。俺たちの遥か後方、本来なら最前線となっているはずの場所から、戦っている兵士や魔物の声がかすかに聞こえてくる。


「魔物たちが、かかってこなくなったな」

「あいつ……やったのか?」

「たぶん違います」


即座そくざに否定した俺に、ミアさんとアニスさんが怪訝けげんな顔を向ける。


「タラキ。どういうことだ?」

「術者を倒して、洗脳が解けるのはだけです。アレイスターがは、関係なく襲ってくると思います」


ユグドラシアの森で戦ったゲンドウとバルガス。奴らは操られているというより、アレイスターの命令にように見えた。同様に、魔物たちの中にも、アレイスターの指示で動いている奴がいると考えるべきだろう。


「確かに、の連中はまだ暴れているみたいだな」

「はい。それに、洗脳が解けたんなら、にはならないはずです」


周囲にいる魔物たちは、まるで飼い主に『おあずけ』の指示を出されたかのように、じっとしている。ただ、目線だけはずっとこちらに向けたままだ。


「じゃ……じゃあ、何が起こっているというんだ?」

「たぶん、術者はまだ生きていて、魔物たちに別の指示を与えた――ってとこだと思います」

「しかし、ギデオンは確かに、術者を殺すと言ったんだろう? ならば――」


そこまで言って、ミアさんは顔を強張こわばらせた。


「ギデオンが、負けた……?」


ミアさんのつぶやくような質問に、俺は肯定も否定もしなかった。状況を踏まえて考えると、それは可能性の一つとなりるからだ。


「け、けど……そんなことが有りるのか? アンタだって見ただろう? あいつの馬鹿げた強さを」


確かに、ギデゾウはアレイスターに改造された魔物を、紙屑かみくずを丸めて捨てるかのように、かたぱしからあの世送りにしていた。しかも、疲労もダメージもほとんど無いから、常に全開状態フルスロットルで戦える。あんなチート野郎に勝てる人間がいるなんて、普通は考えられない。


なんですよね。俺も、は気になってて――」

「皆さん、あそこ――ギデゾウさんがいます!」


上空からの声に、俺たちは振り返った。見ると、ワイバーンに乗ったミルズくんが、かなり高い位置まで移動している。


「どんな状況?」

「えっと……遠くて分かりにくいんですが、ギデゾウさんともう一人が向かい合っていて、魔物たちは二人から距離を取っています!」


「戦ってる?」

「いえ! 今は動いていません!」


何だよ。お喋りしてるだけか。ビビって損したぜ。

っていうか、それならそれで、何か連絡よこせよって話で――


多良木たらきよ……)


っと、ようやく来た。


(お前、何やってんだよ? 術者を倒すんじゃなかったのか?)

(そのつもりだったが、ではこいつに勝てん)


……は?


(マ……マジかよ)

(……こっちに来て、実際に見てみるがよい。こいつも、お前とミア・ドラウプニルに会いたいと言っている)


会いたい? 俺とミアさんに?


(何で?)

(お前、ゲンドウを倒したのだろう? 興味があるそうだ)


(ミアさんは?)

だと言っているが、どういう関係なのかは分からん)


(分からんって、お前――)

(とにかくだ。こいつを倒すには、全員でかかるしかない。とはいえ、実際にをやったら、半分は死ぬだろうがな)


最後にそれだけ言って、ギデゾウからの通信は途絶とだえた。なんだか、今回はいつも以上に、言いたいことを一方的にまくし立てられたって感じがする。


「タラキ。ギデオンからの連絡か?」


俺がしばらく無言だったことを不審に思ったのか、ミアさんが顔をのぞき込むようにして聞いてきた。しかし、直接聞いた俺でも信じられないような話を、どう伝えればいいものか……


まあ、悩んでいても仕方ない。俺は前回同様、ギデゾウの話をそのまま伝えた。


ギデゾウが相対している男は、元魔王のあいつでさえ勝てないほど強い。そしてそいつは、自分をミアさんと知り合いだと言っていて、何故なぜだかは分からないが、俺とミアさんに会いたがっている。


話すついでに、その男に心当たりはないかとたずねてみたが、ミアさんは首を横に振った。


「分からない。というより、ギデオンより強い男なんて、知り合いにはいない」

「……ですよねぇ」


それから、しばらく黙っていると、上空のルークさんが声を掛けてきた。


「とにかく、行ってみるしかなかろう。ここにおっても、推測しかできんわい」


……確かにその通りだ。最初は罠の可能性を疑ったが、もしそうだとしたら、ギデゾウが真っ先に伝えるはず。あいつはあいつなりに、何か考えがあって、俺たちを呼んでるんだ。


顔を上げると、ミアさんとアニスさんの視線が俺に向いていた。二人とも、意志は固まったのだろう。俺が大きくうなずくと、それが合図となり、周囲を取り囲む魔物の群れが道を開けた。この隙間すきまの先に、ギデゾウと例の男がいる。


「行くか」

「はい。行かなきゃ、何も分かりませんしね」


ミアさんの言葉に、俺は笑顔で応じた。


両脇を魔物が固める道を、無言で歩く。最初にワイバーンから飛び降りたときよりも緊張している。ギデゾウですらかなわない人間。果たして、本当にそんなものが存在するのだろうか――


「ところで、ずっと疑問に思っていたんだが……」


と、アニスさんが、俺の横顔を見上げながら聞いてきた。


「何ですか?」

「あいつの名前――ギデオンとギデゾウ、どっちなんだ?」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



アニスさんに、ギデオンが本名でギデゾウは渾名あだなであること、それから、姓名フルネームは馬鹿みたいに長いから覚える必要が無いことを説明しながら歩いていると、あっけないほど早く、目的地に到着した。


ミルズくんの話通り、魔物たちが大きな輪を作っていて、その中心に二人の男が立っている。一人はギデゾウで、もう一人が例の四十代くらいの男。大きくもなければ小さくもない、中肉中背ちゅうにくちゅうぜいって言葉がぴったりの体格で、ひたいが少しだけ後退している。一言で言えば、これといって特徴のない、どこにでもいる普通のオジサンって感じの風貌ふうぼう――




「エルドラートォ!」


そんなことを考えていると、ミアさんが空気を引き裂くような、悲鳴に似た声を上げた。


「ほう。本当に知り合いだったか」

「はい。嘘はきません」


ミアさんとは対照的に、中央の二人が落ち着いた口調で言葉を交わす。


ところで、エルドラートってのがこのオッサンの名前か。ミアさんの知り合いみたいだけど、一体どういう繋がりがあるんだろう。ほどよく日に焼けた肌をしているところから、貴族ってわけでもなさそうだが――


「な、何故なぜだ! 何故なぜアンタがここに……」

「とりあえず……自分の意思で来た、とだけ答えておきましょう」


「馬鹿な……アンタはクアンタムの町で、闘技場コロッセオの案内人だったはずでは――」

「ああ。あれは、世をしのかりの姿……言ってみれば、擬態ぎたいというものです」


オッサンの言葉に、ミアさんはうめくような声を発し、そのまま黙り込んでしまった。


しかしこいつ、何だってこんな馬鹿丁寧な喋り方をするんだ? それに、ミアさんの口から出た、という言葉――つい最近、どこかで聞いたような気がするのだが、何か関係があるのだろうか?




と、アニスさんも同じことを思ったのか、頭を抱えているミアさんに話し掛けた。


「ミア。あの男は何者だ? それに、何故なぜお前のことを知っている?」

「……ちょっと待ってくれ。頭が混乱してきた」


エルドラートが、ミアさんの表情を確かめるような視線を送る。反応がないことを確認したのか、しばらくして、相変わらずの無表情で話し始めた。


「皆様がここに来たのは、私と戦うためでしょう。もちろん、私はそれで構わないのですが、一言ご忠告を申し上げます。もしそうなった場合――ルーク・エルサリオン様、ミルズ・マーグレット様、アニス・アナスタシア様は死ぬことになります」


その言葉を聞いて、アニスさんの表情が変わった。背中に抱えた矢筒から一本を取り出し、弓を構える。


「死ぬのはお前だ」

「待て、アニス・アナスタシア」


アニスさんとエルドラートを結ぶ直線上に、ギデゾウが身を割り込ませた。


「どけ! ギデ……オン? ギデ……ゾウ?」

「三人は言い過ぎかもしれんが、この男とやり合えば、最低でも一人は死ぬ。それが誰であろうと、七人全員で生きて帰るという目標は達成できなくなるぞ」


張りつめた空気の中、アニスさんとギデゾウのにらみ合いが続く。


「お前……何かはあるのか?」

「策というほど大層なものではないが、はある」


ギデゾウの答えに、アニスさんは少しの間考え込み、やがて弓を下ろした。その様子を見たギデゾウが、にいっと微笑む。


のことは、ギデオンでもギデゾウでも、好きな方で呼ぶとよい」


満足気に笑うギデゾウを見て、アニスさんは少しむくれ顔(可愛い)になったが、怒っているわけではなさそうだ。


しかし、ここまでの問答をて、何か収穫があったかと問われれば、はっきり言って何もない。目の前のオッサンは何者なのか、ギデゾウの言う通りの強さなのか……そうした情報は、今のところまったくつかめていない。とにかく、ミアさんが何か話してくれない限り、これでは動きようが――




「アンタ……何者なんだ?」


と、そう思った矢先、しばらく黙っていたミアさんが、しぼり出すような声でエルドラートに話し掛けた。


「アレイスター様の協力者につかえる者、とだけお答えしましょう」


エルドラートの答え――それを聞いた悪魔あくまの顔に、ほんの少し変化が現れた。この顔はアレだ。何かをたくらんでいて、それがバッチリうまくいったときの顔。


ギデゾウはわざとらしく大股で歩き、俺たちに大声で話し掛けた。


「今の言葉を聞いたか? 要するに、こいつは術者ではなく、単なるこまの一つに過ぎないわけだ。ならば、わざわざ戦う必要など無かろう」


まくし立てるように話すギデゾウ。


「皆、この男の顔と名前は覚えたな? それでは、とっとと撤収てっしゅうして対応策を考えるとしようか」

「そう言うだろうと思いまして、一つ特典を用意しております」


お。鉄仮面みたいに無表情だったオッサンの顔に、ちょっと変化があったぞ。


「特典などいらん。それより、前線の兵どもが心配だな。オルフセンに帰りがてら、ちょっと加勢して――」

「タラキ・ノブヒコ様。あなたがもし、私に勝つことができれば――アレイスター様の居場所を話して差し上げましょう」


え? 

アレイスターの居場所……だって? 


「マ……マジで言ってんのか?」

「ご心配なく。許可は得ております。それに私は、嘘はきません」




うおおおおおっ!

ってことはこいつに! こいつに勝ちさえすれば!

一番の悩みの種だったから解放されるってわけか!


間違いない! これは、超弩級ちょうどきゅう幸運ラッキーだ!

そりゃあ、こんだけデカいえさぶら下げられたんじゃ、やるしかないでしょ! 


と、そのとき、ギデゾウのテレパシーが飛んできた。


(うまくいったな)

(お前、を狙ってたのかよ?)


(そうだ。理由は分からんが、こいつはこれまで、を使って生きてきた。そんな日陰者ひかげものがわざわざ表に出てきたというのに、何もしないままやお前たちを帰してしまったら、あまりに間抜けだろう?)

(つまり、わざと引き止めさせて、条件を引っぱり出したってわけか)


(それに、顔と名前を覚えられたことで、今後は自由に動けなくなる)

(なるほどね。お前やっぱり、相手が嫌がることをさせたら天下一品だな)


俺が小さく笑うと、ギデゾウも笑顔を返した。


よし! 舞台は整った!

戦場ではあまり役に立てなかった素手喧嘩ステゴロの技、出し惜しみゼロで行くぜ!




「そこまで言われたら、やらないわけにはいかね――」

「待て」


俺の言葉をさえぎると、ギデゾウはゆっくりと歩き始め――俺の隣に立ち、エルドラートに伝えた。


多良木たらき一人では、お前には逆立ちしても勝てん。が加勢することを認めろ」

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