最終話 薄明が目に染みる


 すみれさんと碧と三人で、屋上に座り込む。

 今日はお菓子も飲み物も買いこんできた。

 今回はサボりじゃなく、放課後だ。


「寒くなったねぇ」


 すみれさんが腕を摩りながら、カーディガンの袖を伸ばす。

 パステルピンクのカーディガンは、すみれさんによく似合ってる。

 可愛さと、大人っぽさを兼ね備えてるような。


 碧はぴったりと私の横にくっついて、私で暖を取ってる。

 あの日の告白以来、私たちの関係が変わることはなく。

 碧は次の日になればケロッとしていた。


「投稿したんでしょ?」


 すみれさんの言葉に、二人で頷く。

 今日は三人で、反応を確認しようということになった。

 私たち二人だけで見るのは怖かったから、すみれさんは精神安定剤に来てもらってる。


「ほらほら、はやく開いて」


 やっぱりすみれさんは、ママっぽい。

 今が、ママとふざける時じゃないことは分かってる。


 三人でくっついていれば、碧がカバンから大きなブランケットを取り出した。

 三人で丸まりながら、私の持つスマホを覗き込む。

 投稿した動画のページを薄めで、表示した。


 コメントが付いてるのは、確認できる。

 ランキングにも、載ってるらしいマークも。


「すーちゃん、見て!」

「は?」

「そのために、すみれさん呼んだんだから!」


 すみれさんの本名はそういえば、聞きそびれていた。

 それでも、碧にアカウントを知らせていたから、私は堂々とすみれさんと呼べる。


「二人の作品なんだから、ちゃんと見なさいよ」

「見るよ、見るけど、まずすーちゃんに確認してもらって」

「そんなことのために、私を呼んだの? 自慢でもなんでもなくて?」


 すみれさんの呆れた声に、碧とシンクロして頷いていた。

 自信はある。

 とても素晴らしいMVになったし、碧がブラッシュアップした歌詞はますます良いものになった。

 誰かには届く。


 それでも、心無い言葉が届かない確証はないし。

 なにより初めてのオリジナル、だ。

 反応が怖くて仕方ない。


 私のSNSでも拡散したから、絵師仲間や、イラストが好きでフォローしてる人たちからはあたたかい言葉を貰えたけど。

 私を知らない人たちにどう映るかは、わからない。


 碧の方を確認すれば、碧も薄めでスマホを見ている。

 その顔がブサ可愛くて、つい吹き出してしまった。


「紅羽のバカ!」


 私の考えてることを、碧はいつも明確に読み取ってる気がする。

 何も言ってないのに。


「そんな顔も可愛いよ、可愛い可愛い」


 繰り返せば、碧はむっと頬を膨らませる。

 そして、私の左手を抱き寄せて、身を窄めた。


「屋上で見ようって言ったの誰!」


 よっぽど寒いらしい。

 十月とはいえ、風が吹くと肌寒かった。

 あの夏の暑さが恋しくなる程度には。


 それでも、屋上で見ようって言い出したのは、碧だ。

 約束した日は残暑が厳しく、まだあたたかかった。

 むしろ、暑い日だった。

 今日は急激に、冬を思わせる冷え込みだ。


「碧だけどね」

「あーちゃんがメッセしてきたんでしょ。ピクニックみたいにとか言って」


 すみれさんと冷たい視線を送れば、碧はぶるりっと肩を揺らす。

 そして、ますます私に寄る。


「私で暖を取らないで」

「紅羽あったかいからいいじゃん!」

「すみれさんも無言で私の腕持ってかないでよ!」


 スマホを三人の前に持ち上げていたのに、すみれさんに右手も取られる。

 スマホを見るどころじゃなくなってしまった。


「だって、不公平でしょ、あーちゃんだけコハちゃんにくっつくなんて」

「私、知ってるんだからね! 二人で出かけてふこと」

「だって、付き合ってないんでしょ。じゃあ問題ないじゃん」


 ばちばちと私を挟んで、二人が火花を散らす。

 ライバルとして、相変わらず仲のいい二人に笑ってしまった。


「すぐ、付き合うもん、両思いだもん!」

「まだ答えが出てないんだからわからないでしょ!」

「このMVが終わるまで聞いてないだけで、両思いだし!」


 二人のやかましい声を聞きながら、空を見上げる。

 私たちのイメージカラーが混ざったような色だ。


「早くスマホ見ようって!」


 私の声に、二人はじとっと冷たい視線を私に送る。

 あれ、これ、私が悪いの?

 答えないでって言ったのは碧だし。

 察したようにすみれさんも、答えを聞くまではグイグイ行くとか言ってたのに。


「え、私が悪いわけ?」

「はいはい、コハちゃんスマホ借りまーす」


 私の腕を抱きしめてる手で、すみれさんがスマホを奪い取る。

 そして、私たちの目の高さに、スマホを持ち上げた。


「はい、見る!」


 ちょっとだけ近づけられて、パッとランキング順位が目に入る。

 75位。

 ランキングに入れてるだけ、良いことだと思う。

 それでも、良いとも悪いともいえない順位で、何を言っていいかわからなかった。


「二日目でこれは良い方?」


 碧に問いかければ、碧は黙り込む。

 すみれさんと私でじーっと見つめれば、碧は瞬きを何回かしてから息を吸いこんだ。


「わかんない」

「わかんないって……」

「こういうの出したことなかったから!」


 すみれさんの親指が器用に、コメント欄をスクロールしていく。

 数々のコメントが、寄せられていた。


「好きな人に、告白しようと決めました?」


 瑞々しい、今恋をしてる子のコメントが目に入って、胸の奥がじんわりする。

 上手くいってればいい。

 上手くいかなくても、いつか、幸せになってくれてればいい。


 そんな思いが胸の奥に湧き上がった。


「好意的なコメントが多いね。可愛いとか、歌声とイラストが合ってる、とか」

「でしょー! 私たち相思相愛だから」

「まだ決まってないでしょ!」


 碧が急に調子に乗るから、すみれさんが制する。

 それでも、私は、可愛いなぁと思ってしまってるから、かなりやられてると思う。


 碧が不敵に笑って、あるシーンで一時停止ボタンを押した。

 そして、スマホをすみれさんの顔に近づける。


「これを見ても、まだ言える?」


 そのシーンは、私がひっそりと小物に紛れ込ませた。

 碧へのラブレターが、映っている。

 気づかれていた事実に、かぁっと急激に体温が上がった。


 風が吹いて、冷えてるはずなのに、暑い。

 二人にくっつかれてるからも、あるけど。

 それだけじゃない。


「すーちゃん、ごめんね、諦めて!」

「そのために私呼んだわけ?」

「正々堂々ライバルだから、ちゃんと、見せつけないとね?」

「性格わっる! やめときなよコハちゃん、こんな子!」


 二人のやりとりに、つい口元が緩む。

 いつのまにか、私の世界は二人と同じ世界になったんだな。

 今更実感して、二人への想いが募った。


 すみれさんのことももちろん、大切な仲間だと思ってるから。

 そんな二人と一緒にいられる、今この時間が愛しくて、幸せだった。

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あなたへの恋心を描く 百度ここ愛 @100oC_cocoa

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