第十三話 お揃い

「いいね、よし、買おう」

「ブルーにするの?」

「違う違う。今日の記念に、お揃い」


 私の手からするりとブレスレットを取って、そのままレジに向かう。

 当たり前のように私の分も買おうとするから、後ろからブルーのブレスレットは奪い取った。


「私の分は、自分で買います」

「えー! わかった、じゃあこっち買って」


 私のブレスレットを取り返して、自分で買おうとしていたピンクの方を渡してくる。

 どっちにしろ値段も変わらないのに。

 碧の行動に疑問をいだきながら、お会計を済ませる。


「そのまま付けていくので、両方値札切ってください」


 碧の言葉に、店員さんは値札を切って渡してくれる。

 私の手の中には、碧の買ったピンク。

 碧の手の中には、私の買ったブルー。

 店を出たかと思えば、私の前に左手を差し出す。


「なに?」

「付けてよー」

「そういうこと!?」


 ちょっと、恥ずかしくなりながらも碧の左手にブレスレットを通す。

 碧が満面の笑みで、頬に寄せる。


「どう? かっこいい?」

「うん、かっこいいよ」

「じゃあ、手貸して」


 私にも付けてくれる、ということだろう。

 まるで、指輪の交換みたいだなとロマンチックな思考が浮かんで、口をつぐんだ。


「ん」


 そっと差し出せば、優しく握りしめられる。

 そして、するりとブレスレットは私の腕におさまった。


「いいバングルだよねぇ」


 碧の言葉に、一瞬、悩む。

 ブレスレットだと思ってたけど、これはバングルというのか。

 しげしげと眺めていれば、ブルーの光がちらりと目に入る。


 まるで本当の仲良しみたいで、ちょっと照れくさい。


「運命共同体だからね、その証」


 カッコつけたように、碧が呟く。

 運命共同体。

 曲を作って、そのMVを作って、二人で結果を出す。

 だから、だろうか。


 やる気が胸の奥で、ちりちりと燃えている。

 ここまで言ってもらえて、やる気にならない人間なんているわけない。


「運命共同体、ね、かっこつけてるじゃん」

「悪いー?」

「ううん、すごく、いい」

「まぁとりあえず今日は、たのしも? はい、次行くよー」


 碧がバングルをつけた左手を私に差し出す。

 当たり前のように私は、右手を繋いだ。


「そろそろご飯食べる?」

「じゃあ、碧の服はごはん食べてからね」

「おけおけ、何食べよっか」


 碧がスマホを取り出して、スースーっと親指でスワイプする。

 取り出した瞬間から、バイブがブーブーと鳴り止まない。


 きっといつもの子達から、連絡が来てるんだと想像がついて申し訳なくなった。


 今日は、私が碧を独り占めしてる。

 でも、碧には他にも友だちがたくさんいるんだ。

 わかっていたのに、ちょっとだけ胸がジクジクと痛んでいた。


「紅羽は何が好き?」

「んー、碧は?」

「私が聞いてるのに!」


 好きと聞かれて答えるほどの、好きな食べ物はない。

 おいしいなぁとは思うけど、これを食べたいと熱烈に思うものはなかった。

 だから、多分私の世界はスイマジしかなかったんだと思う。


 何事に関してもそう。

 音楽だって、学校だって……

 あぁ、でもギャルっぽい女の子は、好き。

 キッパリとしてて、自分の意見を言えて、たくさんの友だちに囲まれてるような女の子。

 憧れのような、恋のような、好き。


「えー、じゃあ私が決めちゃうよ、回転寿司」

「へ?」

「嫌いだった? 魚」


 嫌いではない。おいしいと思うし。

 それよりも、碧の口から回転寿司が出てきたことへの驚きが強かった。

 偏見だけど、キラキラ可愛い食べ物だと思っていた。


 オムライスとか、パスタとか?

 可愛い食べ物の想像が、貧相なのは自覚してる。

 一人で悶々としてるうちに、碧にも移ったらしい。

 不安そうにじっと、私の方を見つめてる。


「嫌い?」

「好きだけど、意外だったの。碧が回転寿司選ぶの」

「え、そう? あーでも、他の子たちとはあんま行かないよー」


 それは、どうして?

 不思議そうな顔をしてしまっていたらしい。

 碧は、私の表情を見て、歯を見せて笑う。

 真っ白な歯が目に焼きつく。


「ナイショ!」

「な、なにが!?」

「ほら、行くよー!」


 繋いだ手をぐいぐいと引っ張って、エスカレーターに乗る。

 ぐんぐんと上に登っていきながら、碧は不意にこちらを振り向いた。


「紅羽の好きなものたくさん教えてよ」

「好きなもの?」

「そう、まずスイマジでしょ」

「そうだね」


 他に何を捻り出すか、悩んでしまう。

 ギャルっぽい子が好き、はちょっと言えない。

 いや、だって、碧に向かって言うのは、告白みたいな、なんというか変な感じになりかねない。


 私が考えてるうちに、エスカレーターは上の階に到着する。

 一人でホッとしていれば、碧は、また次のエスカレーターに乗った。


「あと二階分あるからね、時間はまだあるよー」

「碧は? 一個ずつ言い合おう!」


 時間を稼ぐのに、提案した内容に碧が一瞬悩む。

 そして、あっ! と言いながら、好きなものを口にした。


「紅羽のイラスト」

「それは、ずるくない!?」


 赤くなった顔を隠すように、俯く。

 面と向かって、言われたことなんてない。

 好きです、や、よかったですというコメントを貰ったことはある。

 それでも、面と向かって好きと言われるのは、ちょっと違う。


 また私が答える前に、エスカレーターが上の階に到着した。


「私答えたよ、はい次、紅羽」


 軽々としたステップで、碧はくるんっと回る。

 そして、次のエスカレーターに乗った。

 渋々と小さい声で答える。


「碧の曲」


 碧が息を呑んだのがわかった。


「うそ?」

「本当。はい、次は碧」

「待って、それより詳しく! どこがよかった? どんなとこが好き? あのMVの曲しか聞いてないよね?」


 私の方に顔を近づけて、グイグイと来る。

 繋いでいた手を離して、碧の肩を掴んでぐるんと回した。

 エスカレーターはもう上の階に到着しかけている。


「危ないから、ほら前見て」

「うー! お寿司屋さんで聞くから!」


 ポンっと飛び跳ねるように降りて、私に左手を差し出す。

 手を繋ぐことは当たり前になってしまっているらしい。


 今更意識して、照れてしまう。

 それでも、碧は繋がないと動きそうになかった。

 しょうがなく、右手を繋げば、まっすぐ歩き始める。


「ここの奥にあるんだよねー」


 隣のビルとくっついてるとこに、回転寿司屋さんはあった。

 休日の昼だからか、並んでる人も数人居る。

 一番後ろに並んでから、碧は私の方を振り返った。


「はい、並んでる間に聞かせてよ、どこが好きなの?」


 もう逃げ場はないらしい。

 しょうがなく、答えようとしたけど、喉が張り付く。

 変なこと言ったら、引かない?

 碧から、大丈夫な気はするけど。


「教えてくれないの?」

「包み込んでくれるようなあたたかい歌詞」


 ぼそぼそと聞こえるか、聞こえないかの声で答える。

 碧の耳にはしっかりと届いていたようで、にんまりと頬を緩めた。


「ふぅん? あとは? あとは?」

「碧の優しい声」

「優しいと思ってくれてるんだ」


 お店の壁に寄りかかって、碧は少し遠くを見つめる。

 ちょっとだけ、あれ? と思った。

 碧らしくない表情。

 私の知ってる碧なんて、そんなに多くないけど。


「どうしたの?」

「優しいって思ってくれるなら、よかったなぁって思って」


 答えにならない答えに、もう一度きちんと、その含みは何? と尋ねようとした瞬間。

 店員さんの「お次のお客さま」という声に遮られた。


「順番きたよ、いこいこ!」


 嬉しそうに入っていく碧に、戸惑ってしまう。

 あの表情の理由は、何?

 それは、私が踏み込んでもいいもの?


 案内された席は、カウンターだった。

 二人で並んで、メニュー表を眺める。

 チェーンの回転寿司じゃないけど、割と安価だ。


「高校生でも食べれるくらいの値段でしょ?」


 私の考えてることがわかるのか、碧はメニューを指さしながら微笑む。

 頷きながら、何を食べるか悩む。


 ランチメニューとして、セットがあるのはありがたい。

 回転寿司は選ぶことが多すぎて、いつもだったら時間がかかるから。


「私は、このランチセットにしよーっと」


 碧の選んだのは、カニ汁と海鮮丼がセットになってるものだった。

 てっきり、お寿司を食べにきたのかと思ったのに。


 他のメニューにはラーメンや天ぷら、焼き魚の定食まである。


「私も同じのにする」


 テーブルの上に、ベルを探す。

 カウンターだから直接声をかける方式らしい。

 手をあげて、店員さんを呼ぶのは苦手だ。


「おけおけ! じゃ頼んじゃうね。すいませーん!」


 碧はためらいなく、手をすぅっとあげて通る声を出した。

 店員さんは一回で「はーい」と返事をして、こちらに注文を取りに来てくれる。


「この海鮮丼のセット二つでお願いします」


 店員さんの後ろ姿を眺めながら、私とはやっぱり違うタイプだなと実感してしまう。

 注文を終えた碧が、こちらに急に振り向く。


「で、他に好きなものは?」

「まだ碧の好きなもの聞いてないけど?」

「バレた! オシャレが好き、かな」


 碧が両手を合わせて、はにかむ。

 確かに、いつもオシャレな格好をしてる。

 そもそもオシャレな人じゃないと、髪を青色に染めようとも思わないかもしれない。

 それに、キラキラと青空みたいなネイルが反射している。


「ネイルもかわいいね。それに、指輪も」


 シンプルなピンクゴールドの指輪。

 誰かとペアリングなのかもしれない。

 今更気づいたけど、もしかして、恋人?

 薬指に、してるし。


「あ、これー? 付けてるの忘れてた」


 へへへっと笑いながら、すっと外す。

 わざわざ外すことないのに。

 カバンの中にぽいっと入れてから、私の方を見つめた。

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