第十二話 二人きりのお出かけは甘く

バタバタと効果音が付きそうな勢いで走ってくる碧を見ながら、つい口元がニヤける。

 Tシャツに、ジーンズというラフな格好だけど、おへそが出ていてつい、顔の方に目を逸らした。


 碧の表情は、少し嬉しそうな気がする。

 休日の駅前は、待ち合わせの人で賑わってる。


 目印になる名前のわからない白い妙な石の前で、みんなスマホを見ていた。

 大勢の中に紛れ込んでいるというのに、碧はキョロキョロもせずに一直線に私のところに辿り着く。


「おはよ!」

「うん、おはよ」


 慣れないながらにしたメイクも、似合わないと思って今まで着なかったオフショルも、私の心をざわざわとさせる。

 それなのに、碧は全部、満面の笑みで褒めくれた。


「すんごい可愛い! やばい、可愛い! はい、写真撮ろ!」


 当たり前のようにスマホを構えて、カシャカシャカシャと連射する。

 悩みながら、とりあえずピース。


「初写真〜!」


 嬉しそうに碧が見せるスマホにはぎこちないピースをする私と、可愛くハートを左手で作る碧が映っていた。


 動画サイトでよく見る流行りのポーズに、感動を覚える。

 本当にやるんだ……!

 今度やってみようか、と考えてから、今度なんて多分ないであろうことを思い出す。


 出かけるような、写真を撮るような友達は碧しかいないから。


「どこいく? 服見る?」

「碧についていくよ」

「え、じゃあ、紅羽試着してね! よし、行こ!」


 当たり前のように私の右手を掴んで、走り出す。

 離れないように、私もぎゅっと握り返せば一瞬こちらを振り返る。

 そして、ふっふんと笑ってから、また勢いよく進んでいく。


 人の視線を感じて、碧の青さだけを見つめていた。

 周りを見るのが怖い。

 不釣り合いって思われてるかもしれないし、変って思われてる気がする。


 本当は、そんなこと、どうでもいいのに。

 チラチラと突き刺さる視線が、弱気にさせてくる。



 碧は色々な服を手に取っては、私に合わせる。


「紅羽は、こういうフリル似合いそう」

「そういうのが好みなわけ?」


 ずいぶん甘そうなブラウスだ。

 自分では絶対に、選ばないもの。

 それでも、碧が嬉しそうに見せるから、ちょっとなら着てもいいかもと思ってしまう。


「うん、好き。可愛い系みたいな……」


 小声で返ってきた言葉に、驚いてしまう。

 碧の服装や化粧からは想像していなかった。

 碧も私のように、似合わないから、という理由で好きを隠してるんだろうか。


「碧が着てみたら? 似合うかもよ」

「え、私が着るのはイヤかなぁ」


 するりと当たり前のことのように答えて、もう一度私の肩に合わせる。


「紅羽が着てるのが見たいの」


 よくわからず「そっか」と頷けば、試着室に押し込まれる。


「じゃあ、これとこれとこれね」


 どれもこれも可愛い系の服だ。

 白くて透け感のあるワンピース。

 フリルが袖にあしらわれたブラウス。

 胸元に大きなリボンが垂れてるやつもある。


 自分で来たら絶対に選ばないし、見ないやつだ。

 碧にバレないように、こっそりとため息を吐き出す。

 私の服なんか選んでて、楽しいんだろうか。


「着れたー?」


 明るい声に、呼び戻される。

 ハッとしながらも、とりあえずワンピースへと着替えた。


「どうかな?」


 シャッと良い音を鳴らしながら、カーテンを開ける。

 碧が目を丸くして、うんうんと頷いた。

 そして、頬を赤て口元を押さえる。


「かわいすぎて、やばい」


 鏡と向き合って、一周くるんとしてみたけどわからない。


「そう、かな?」

「そっちのリボンのブラウス! 着てみて。今日のパンツにも合うはずだから」


 シャッと音を立てて、カーテンが半端に閉められる。

 碧のあの表情の意味がわからなくて、心臓がモヤモヤ。


 ブラウスに袖を通しながら、赤くなった表情を思い浮かべて私まで赤くなってしまった。

 だって、あんな、可愛い顔されると思わなかったじゃない。


 私が着替えた、だけで……

 元々の黒いパンツを履いて合わせてみれば、ほどよい甘さになってる気がする。


「どう?」

「これ、いいかもしれない」

「見せてよー!」


 さっきみたいな顔してくれる?

 期待して、ちょっと胸が痛くなった。

 してくれたからと言って、なんだというんだ。


 バカみたい。


 カーテンをゆっくりと上げれば、碧は期待した表情で待っていた。


「かわいい! ほら! 似合う! 想像通りだった!」


 想像以上、ではないことに、ちくんっと体の奥が痛む。

 ちくん?

 胸に手を当ててみれば、ふわりとしたリボンが柔らかい。

 そして、慰めてくれるように揺れた。


「これ、買おうかな……」


 碧が褒めてくれたというのもあるけど、着てみたらしっくりと来てる。

 これくらいなら、他の人と会う時にも着られる気がするから。


「いいと思う! ワンピースともう一個は戻しておくからゆっくり着替えなよ」

「え、いいよ、自分で戻す」

「いいから、いいから!」


 奪うように碧はワンピースとブラウスを持って、試着コーナーから出ていく。

 走っていく後ろ姿に、少しだけ胸を撫で下ろした。


 ばくばくうるさく高鳴ったり、ちくんと痛んだり、今日の私の胸はおかしい。

 カーテンを閉めてから、床にへなへなと倒れ込む。


 心臓がおかしくなったみたい。

 立ってるだけで、こんなにおかしな音を鳴らすなんて。

 深呼吸をしてから、ブラウスを脱いで、自分の服に着替え直す。


 ブラウスの値段を確認すれば、お小遣いで買える価格帯。

 安い! というほどではないけど、着る機会を想定してみれば元は取れる。

 それに今日はせっかくだからと、お年玉も持ってきた。


「うん、買っちゃおう」


 一人で頷きながら、売り場へと戻る。

 碧は、レジで何かを包んでもらってる最中のようだった。


「碧も何か買ったの?」


 後ろから声をかければ、びくんっと肩を揺らして碧が振り返る。

 耳を押さえながら、眉毛を八の字にして。


「急に声かけないでよ! びっくりしたじゃんー!」


 本当に驚いたみたいで、声が響き渡る。


「ごめんごめん」

「いいんだけどね、そのブラウス本当に買うの?」

「もちろん! ね、次は碧の服見に行こ」


 碧にお願いをすれば「いいよー」と嬉しそうに、返答してくれた。

 すぐに、ブラウスを購入して袋に入れてもらう。

 二人で手を繋いで、店を出た。


 碧の服なら私がいつも見てるお店がいいだろうか。

 あそこのは、絶対碧に似合う。

 タイトなパンツとか、黒の可愛いキャミソールとか、あとは、あとは……

 一人で考えていれば、ぐいっと腕を引っ張られる。


「な、なに?」

「アクセ見てこ!」

「えぇ?」

「いいから!」


 ぐいぐいと引っ張られた先には、普通のアクセサリーショップ。

 私たちにも買えるお値段のところだ。


 バレッタやカチューシャ、ヘアアクセサリーもたくさん売ってるのを見かける。


「紅羽って、アクセサリーとかつけないの?」

「そう、だね?」


 あんまり興味はない、かな。

 嫌いなわけではないけど、ピアスは痛そうで開けたくないし。


 スズハルはイヤリングをよく付けてるから、お揃いにしたくて探したことはある。

 でも、とんでもない金額で諦めた。


「ふーん?」

「碧もあんまり付けてなくない?」

「えっ? めっちゃ付けてるよ」


 見たことがない。

 碧の周りをぐるぐる回りながら、観察してみる。

 どこにもアクセサリーは見当たらない。


「ほら、ここ」


 右耳に掛かっていた髪の毛を、ふわりと持ち上げれば隠されていた耳が見えた。

 そういえば、ピアス、この前もしていた。

 丸っこい青のピアスは変わらずだったけど、耳の下の方はハート型の南京錠に変わっている。


 か、かわいい。

 かわいいけど、太くてめっちゃ痛そう。

 目を両手で覆えば、碧は不思議そうに「なにそれ」と声に出した。


「痛そう」

「えー?」

「だって、ピアスってもっと細いもんじゃないの」

「これは、拡張してんの」


 当たり前のことのように、ピアスを引っ張る。

 見てるだけで痛そうで、目を逸らした。


「痛くないよ、もうだいぶ経ってるし」

「ひぃえええ、私には無理」

「かわいいのに?」

「痛いのは無理です」


 碧の方を見ないようにアクセサリーに、顔を近づける。

 ピンクっぽい色のブレスレットが目についた。

 シルバーの上下に細い線のように、ピンク色が入っている。


 碧はこういうのが、カッコよくて似合いそうだよな。

 手に取ってみれば、思ったよりも軽かった。


「気に入ったの?」

「碧が付けてたら、かっこいいかなぁって」

「なにそれ、貸して」


 左手にはめて、私の目の前に突きつける。


「どう?」

「かっこいい、まじでかっこいい」


 想像した通り、白くて細い腕に、シルバーが光って美しい。

 ふふっとつい口元が綻んでしまう。

 碧は満足したように、うんと大きく頷いてから外す。

 そして、隣にあったブルーの線が上下に入ったブレスレットを手に取った。


「手、貸して」

「え?」

「いいから!」


 恐る恐る右手を差し出せば、私の右手にはめる。

 いつも、手首に何も付けてないから違和感。

 それでも、ブルーも可愛いなと思ってしまう。

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