第十四話 インスピレーションが浮かぶ
「わざわざ外さなくてもいいのに? 恋人から?」
「いないよ、そんなの」
「じゃあ、どうして?」
「どうしても!」
笑ってるのにちょっと、気まずそうな表情。
知られたくないのかもしれない。
碧と仲良くなれたと思っているけど、やっぱりまだ壁がある。
まぁ、私と碧は運命共同体であって、友だちじゃないから当たり前か。
そんなやりとりをしてるうちに、海鮮丼が目の前に届いた。
碧はまっすぐに背筋を伸ばして、両手を合わせる。
「食べ終わったらまた聞くから! じゃ、いただきます!」
お行儀の良さも、ぴんっとした背筋も、品の良さを感じさせる。
そんなギャップも、かわいいなと不覚にも思ってしまった。
「いただきます」
私も真似して、カニ汁から一口飲んでみる。
深いカニの出汁が口の中にいっぱいに広がって、おいしかった。
「初めて、こんなにおいしいおみそ汁飲んだかもしれない」
勝手に出た言葉に、碧はお腹を抱えて笑い出す。
「そんなにいう?」
そして、碧もごくっと一口飲んでから、「あー」とおじさんくさい声を出した。
「おいしー! 沁みるわー!」
「でしょ! なんか優しくて沁みる、みたいな、碧の歌みたいな?」
「私の歌はカニ汁かーい!」
ケタケタと笑いながら、碧は涙を拭く仕草をする。
そんなに変なことを言ったつもりはないけど、私は普通の会話ができないからわからない。
まぁ、碧が楽しそうならなんだって良いか。
海鮮丼も頬張れば、色々なお魚の味がしておいしかった。
碧の様子を窺いながら、食べ進めれば、意外にも豪快に食べている。
ほっぺたに米粒ついたままだし。
「ほっぺについてるよ」
「え、うそ」
丼をおいて、両手で探し出す。
全然見当違いなところを。
私も丼を置いて、右手で取ってあげた。
「はい、こ」
と言いかけてる間に、ぱくんっと食べられる。
「ありがとー!」
驚いて固まってる私をそのままに、碧はまた海鮮丼を食べ始めた。
行き場の失った右手を、プルプル震えさる。
どうしたらいいの、この手。
いや、気にしなければ良いんだけど。
でも、いや、うん、え?
何が起こった?
私が手に取ったお米、食べたよね?
嫌じゃないけど、え? うん?
「食べないの?」
「た、食べるけど、普通食べる?」
「なにがー?」
ほっぺたについてた米粒を取ったまではいいけど、それをぱくんってする?
いや、したんだけど、えー?
碧にとっては普通のことなんだろうし。
気にしなきゃいい、のはわかってる。
ごくっと飲み込んだ唾が、喉に張り付いた。
「なんでもない」
気にしてない碧に、ちょっとだけむかつきながら海鮮丼と向き合う。
あんなに美味しかったカニ汁も、海鮮丼も、味がよくわからなくなってしまった。
「おいしかったねぇ!」
碧が満面の笑みで、店を出る。
私はあの後からずっと、味わう余裕もなかったというのに。
最初からずっと、振り回されてばっかりな気がする。
イヤというより、悔しい。
「じゃ、私の服選んでくれるんでしょ?」
私の方を振り返って、また、当たり前のように左手を差し出す。
「碧に似合いそうなの、あったらね」
「そこは、紅羽の腕の見せ所! どのお店行く?」
するりと手を繋いで、私たちはまたウィンドウショッピングに繰り出す。
近くのアパレルは、清楚系が多くて碧っぽくない。
可愛いけど。
碧に似合う服って、どんな感じだろう。
キョロキョロと周りを見渡せば、一店舗が目に入った。
デニムのショートパンツ。
脚がキレイな碧に、似合いそうな気がした。
「あそこにしよ!」
「あそこ? 私よく行くよー」
「やっぱり? っぽいもん」
ふふんっと胸を張る碧を引っ張る。
白のキャミソールと、モノトーンのチェックシャツ。
目についた瞬間、碧に映えそうだなと思った。
「これ! どう!?」
碧の手に押し付ければ「買う!」と即断即決する。
「え? いやいや、待って待って!」
レジに向かう碧を、必死に引き止める。
試着もせずに、そんな速攻で決める?
気に入ったのかもしれないけど。
サイズだってあるし……
「待って待って待って」
「買う!」
「試着は!?」
「紅羽が選んでくれたもの全部買うに決まってるでしょ!」
ドヤ顔で、こちらを見るからちょっとため息をついてしまった。
碧の様子がおかしいのは今に始まったことではないけど、今日は一段と変。
私の知ってる碧なんて、一部分だけだけど。
「試着しよ、サイズはあるから!」
引き止める役が私と言うのも妙だ。
誰かとこんな、関わり合いになると思ってもいなかった。
「えー?」
「見てみたい、から! ね!」
「しょうがないなぁ」
口を尖らせながらも、碧は試着室の方へと急に方向転換をする。
引きずられながらも、碧に着いていく。
「じゃ、そこで待っててね!」
試着室の前で、待つ。
待ってるのも、ちょっとドキドキしてしまう。
私が試着してる時も碧は、こんな気分だったんだろうか?
「じゃーん!」
そんな掛け声と共に試着室のカーテンが開いた。
ふわりと揺れるカーテンの間から、私が選んだ服に身を包んだ碧が見える。
かわいい……!
ちょっと大きめのシャツを羽織ってるからか、ショーパンが横から見たら履いてないみたいで。
ショーパンから覗く脚も、想像通りキレイで見惚れてしまう。
変態みたいな感想ばっかり浮かぶ。
「ねぇー! どー! 言ってよー!」
脳内で早口で捲し立てていた言葉は、無事、口からは出ていなかったらしい。
「すんごいかわいい!」
「かっこいいじゃなくて?」
「かっこ、かわいい!」
理想の女の子を体現したような姿に、両手をつい合わせてしまう。
最高な見た目です、ありがとうございました。
眼福すぎる。
「ありがとう」
つい、ありがとうは口から溢れていく。
「あ、ありがとう?」
「いや、素敵すぎて、見れて、幸せ、みたいな?」
まごつきながらも話せば、碧はプッと吹き出す。
「サイズもOKだから買う!」
「うん、うん、それがいい。すごい、似合ってる」
「急に饒舌になったよね?」
「だって、もう可愛すぎて……」
映画のワンシーンにすらなりそう。
イラストで描いたらめちゃくちゃいいねもらえると思う。
私のフォロワーさんなら、きっと大好きだ。
いや、もう家帰ったら、すぐ描く。
絶対描く。
「とりあえず着替えてくるから、待ってて」
碧がぷいっと顔を逸らして、カーテンの奥に引っ込む。
私の気持ち悪さに、引いた?
やっちゃった?
やばい、と思いながらも、脳内に碧が焼き付いている。
シーンとした静けさの中で、どういう構図にしようかばかり考えてしまう。
碧とのお出かけは楽しいけど、今すぐにイラストに起こしたい気持ちでいっぱいだった。
碧の曲のSNSに書き込んでる後ろ姿は、今のこの姿にしよう。
「紅羽?」
考え込んでしまっていたらしい。
試着したから出てきた碧にも、気づかないくらい。
「どしたの?」
「イラスト描きたくなってきちゃった……!」
「えぇ?」
「ごめん、帰っても、いい?」
碧はふぅっとため息を吐き出してから、一瞬悩むように顔を顰める。
それでも、私のイラストの方が優先されたらしい。
「また、デートしてくれるならいいよ。私がお願いしてることでもあるし」
「もちろん! じゃあ、ごめん! 帰る! 出来たら送る!」
碧の言葉をちゃんと聞かずに、謝りながら走る。
早くイラストにしたい。
天使と屋上の子は、まだ思いつかない。
でも、SNSの子は、ぴったり決まった。
そこから、繋げよう。
急ぐ足を止められずに、ただまっすく、家を目指した。
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