第七話 心地の良いグラデーション

 何も予定のない休みだ。

 だから、スズハルの言葉に酔いながら、スズハルを描く。

 そして、今日も今日とて、通話をかけてきたすみれさんにくだを巻いた。


「がち腹立つ」

「気まずかっただけなんじゃないの?」


 そうかもしれない。

 そうかもしれないけど、ふいっと目線を逸らされたのは拒絶に思えてしまう。

 一向に白いままの画面にため息を吐いて、炭酸のペットボトルを開けた。


 ごくごくと飲み干せば、炭酸が喉に染みる。


「ぷはっ! そもそも、気まぐれで声かけんなって!」

「先に逃げたのは、コハちゃんでしょ」


 すみれさんの言葉に、ぐっと息を呑む。

 炭酸が胃に落ちず、喉の奥に引っかかっていた。


「そうだけど……」


 そうだけど、さ!

 でも、気まぐれで私の気持ちを刺激して、無かったことにするのはひどい。

 被害者ぶって、自分の心を慰める。


「ってか、コハちゃん最近SNS開いてる?」

「なんでー?」

「私はこうやって通話してるけどさ、他の子が心配してたよ」


 愛を叫ぶだけのアカウントだから、交流が多いわけではない。

 それでも、スイマジのファンアートにはハートがたくさん付いている。


 スイマジの人気の高さにあやかってるだけ、だけど。

 フォロワーもいつのまにか、1,000人を超えていた。

 ただ小さな声で、ネットの海に愛を垂れ流しているだけなのに、だ。


「期待されてもなぁ」

「嬉しいくせに」

「嬉しいは、嬉しい。私でも、こう認めてもらえることあるんだって思ってた」


 好きですというコメントが来ることも、もっとと望まれることも快感になっている。

 承認欲求というものは、厄介だ。

 それでも、あのアカウントは私の愛の叫びであって、私じゃない。

 だから、スイマジのファンアート以外はあげないと心に決めていた。


 久しぶりに、SNSのページを開く。

 心配してくれていた人たちからのメッセージや、コメントが届いていた。


「もうしわけないねぇ、こんなアカウントに」

「それだけ、コハちゃんは愛されてんのよ」

「すみれさんほどじゃないけどね」

「比べることじゃないでしょ! もう」


 すみれさんは、はぁっと深いため息を吐いてから、喉を鳴らす。

 ペットボトルを開けた音は、ぷしゅっだった。


 私と同じように珍しく炭酸を飲んでいるらしい。

 すみれさんはいつも、コーヒーとかを飲んでるのに。

 そういえば、あの脳がバグるアイスの話をしてなかったな。

 すみれさんだったら、面白そうと言って買いに行くかもしれない。


「そういえばさぁー」

「んー?」


 届いてるメッセージをマウスでスクロールしていくうちに、見慣れないアイコンが目に入る。


 青空と雲を写したアイコンに、晴天という名前。

 ずいぶん縁起が良さそうだなと感想が浮かんだ。

 私の気分は曇天だというのに。


「どした?」

「知らん人からメッセージ来てる」


 開いてみれば、歌の動画投稿に使う一枚イラストの依頼だった。

 値段を教えてください。

 どうしてもあなたがいい。

 そんな文章がずらりと長く綴られていた。


「どんなの?」

「歌の動画に、使うイラストだってさ」


 嫌でも碧が脳裏に浮かんで、胸の奥が落ち着かない。

 日付を確認すれば五日前となっている。


「受けるの?」

「やらないって知ってるでしょ」


 ご丁寧に、動画サイトのURLまでついてる。

 でも、聞かない。

 だって、聞いたら碧の時みたいに心が揺れるかもしれないから。


「えー? やってみれば? お試しで」

「気軽に言うなぁ」

「だって、不完全燃焼なんでしょ。あのギャルちゃんのMV」


 それは、そう……

 碧のMVを作るつもりはなかったけど、ラフを見て欲しかった。

 あまりにも、ピッタリすぎるイメージイラストを描けたから。


「やらないやらない」

「とりあえずで、やってみなよ」


 すみれさんはそう言うけど、人と関わるのはゴリゴリだ。

 それなのに、私の手は勝手にプロフィールを開き出す。

 表記されている生まれ年が同じだった。


「同い年だってー」

「えー、ますます良いじゃん。てか、ギャルちゃんだったりして」


 私が首を縦に振らないから、他の人に声をかけはじめた。

 あり得る。

 めちゃくちゃあり得る。


 ぶちんっと何かが弾けて、添付されていたリンクを開く。

 ギターの音が奏でられて、歌が始まる。


「微かにこっちにも聞こえる。ってか、気になるからURL送ってよ」

「本当にイラスト描くことになったらね」

「お、ちょっとやる気じゃーん」


 まだ、やると決めたわけじゃないけど。

 澄んだ冬の空気のような声が、響く。

 誰かへの寂しさや、愛おしさが歌に込められていた。


――あなたのいる世界なら、生きていられる。


 そんな歌詞に、バカみたいに頭の芯を揺さぶられた。


「歌詞が、良い」

「好きになってるじゃん。やだ、コハちゃんちょっと、ちょろすぎ」


 メロディのところどころや、歌詞の内容、描き方にスイマジを感じる。

 プロフィールをまじまじと確認し直せば、スイマジファンの絵文字カップケーキが最後に添えられていた。


「スイマジファンっぽい」


 まぁ、そうじゃきゃ私のアカウントには、辿りつかない。

 だって、スイマジのファンアートしか載せてないんだから。


「まぁそれもそっか。スイマジアカだもんね、コハちゃん」

「すみれさんもよく私のことフォロバしたよね」


 すみれさんのアカウントは、普通の絵師だ。

 スイマジのファンでもないし、ただ、イラストをひたすら上げていた。


「だって、めちゃくちゃ好みだったもん。線がキレイだし」

「ありがとーございます」

「むしろ、そのアカウントで私をフォローしてきたコハちゃんにびっくりだよ」


 すみれさんの言葉に、ちょっと笑う。

 今でも覚えている。

 私がすみれさんを知ったのは、ふわふわとした妖精の男の子が風に飛ばされてるイラストだった。


 スズハルみたいだなって、思ったの。

 苦しんでる、孤独な私たちの前に現れた妖精みたいな人。

 今はもっと神々しく見えるけど。

 出会った時は、歌の妖精なんじゃないかと本気で思った。


「すみれさんのイラストが好みだったから」

「嬉しいこと言ってくれるよねぇ」


 心の底から思ってる。

 それに、こうやって仲良く話せるようになって、中身も好きになった。

 イラストだけじゃなく、私はすみれさんのことが好き。

 もちろん、友だちとして、だけど。


「で、やるの?」

「その話に戻る?」


 すみれさんは、どうしても私にやらせたいらしい。

 前からそうだった。

 イラストコンテストに出さないの? とか、この人MVイラスト募集してるよ! とか。

 やけに、私にファンアート以外をオススメしてきた。


 ずっと流していた晴天の再生を止めてから、パソコンを見つめる。


「すみれさんはどうして私にそんなやらせたがるの」

「えー、はずいけど、聞く?」


 聞きたいから、質問したのに。

 大きくぶんぶんと頷く。

 すみれさんには、見えていないけど。


「教えてよ」

「コハちゃんは、もっといろんな人に愛されるべきだと思うから」


 スイマジの歌詞が一瞬で、思い浮かんだ。

 やっぱり、私の世界の全てはスイマジらしい。


「スイマジの歌詞っぽい」

「本気なのに」


――あなたはもっと愛される人だ。


 なんの根拠もなく、あぁそっかって。

 受け止められた曲。

 誰もがもっと愛されるべき人なんだって、スズハルは考えている。

 だから、そんな歌詞が出てくるんだろう、

 それを聞いた時、私は、自分のことを強く抱きしめたくなった。


 まさか、友人からそんな言葉を貰うとは思っていなかったんだ。


「ごめん、引いた? 気持ち悪い? いや普通に、ファンなんだよ、コハちゃんの」


 一人で思案していた私に、すみれさんは勘違いしたらしい。

 焦ったように、色々言い訳を並べ立てる。

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