第八話 あまりにも赤い熱意に負ける
「違う違う」
「ん?」
「スイマジの、歌詞にあるの。あなたはもっと愛される人だって」
焦ったように言葉を出していた、すみれさんはぴたりと声を止める。
かと思えば、ぎゃははっとパソコン越しに大笑いしだした。
手を叩く音も、はっきりと聞こえる。
「コハちゃんに布教されすぎて、私もスイマジ脳になってるのかも」
「えっ、聞いてるの?」
驚いて聞き返せば、すみれさんはもごもごと口ごもる。
すみれさんに布教した時は、「CMとかのは聞いたことあるけど。また今度ね」と興味なさそうな反応だった。
だから、意外すぎた。
「まぁ、まぁね?」
ごまかされた返答だったけど、ヲタク魂に火が付く。
すみれさんにおすすめの曲はたくさんある。
雰囲気が違う、楽曲が多様なのもスイマジの良さだと思う。
「何聞いたの!」
「それは、色々だよ」
「とりあえず教えてよ! どれ?」
すみれさんは、わざとらしく、こほんと一回咳き込む。
「thinkigと蒼穹」
私が今描いてるやつと、蒼穹は、一個前にファンアートをあげたやつだ。
「え、もしかして」
勘違いかもしれない。
自惚れかもしれない。
それでも、私のファンアートが影響を与えたって思ってしまう。
手を無意識に握りしめていた。
飛び跳ねたいくらい、嬉しくなってる。
「コハちゃんが、キラキラ語るから気になっちゃったの!」
少しむくれたような言い方に、胸がきゅんっとする。
握りしめていた拳を開いて、胸を押さえる。
「私のこと大好きかよ!」
調子に乗った発言なのは自覚してるし、そこまでじゃないこともわかってる。
「はいはい、好きです、好き好き」
それでも、すみれさんはそうやって返してくれるから。
「やだぁ、私もすみれさん大好き」
照れたように呟けば、すみれさんからの返事は無くなる。
イラストがちょうど、良いところなのかもしれない。
大人しくしていようと、もう一度晴天さんの声に耳を傾けた。
上げられてる動画の背景には、全部に青空の写真が使われている。
晴天って名前だからかな。
まじまじと見れば青空だけど、全て違う写真みたいだ。
違いを確かめようと身体を乗り出して、パソコンに顔を近づける。
体勢を急に変えたせいか、足先がつるっと滑ってしまった。
踏ん張りが効かず、どたんっと大きな音を立てて転んでしまう。
「え、なに!? 私が黙ったから!?」
慌てたすみれさんの声に、否定を重なる。
熱中しすぎて、どんどん前のめりになっていたらしい。
「違う違う、パソコンに近づいてたら、前のめりになりすぎて足をちょっとね」
「何そんなに熱中してんの。やめてよ、怖いから」
打ちつけたヒザが、ジンジンしてる。
それでも青空の雲の形が、歌をイメージしてるってことに気づけた。
正解かはわからない。
それでも、歌にぴったりな雲が切り取られてる。
溶けてしまいそうなアイスの形をしてるのだったり、包み込むような優しそうなのだったり。
「動画の背景がね」
「もうめちゃくちゃ、やる気じゃん。早く返信する。はい、今!」
すみれさんが、急かす。
私のために言ってくれてるのは、わかるけど、焦りすぎじゃない?
「なんでそんな急かすのよー、ってかすみれさんも一緒にやらない? ほら、この曲」
ちょうど今聞いていた「ルミナス」という曲は、すみれさんの絵柄にぴったりだと思った。
色々な愛を語る、ふわふわとした甘さの残る歌。
「私は良い、そういうの向いてないから!」
「向いてないって……」
「とりあえず、コハちゃんはその子に速攻で連絡すること。約束ね! 守らなかったら、どうしよっかなー」
約束するとも言っていないのに、すみれさんは罰ゲームを考え始める。
一緒にやるのは拒否するくせに……
「じゃあ、一緒にやってよー」
「だーめ! じゃ、罰ゲーム考えとくから」
逃げるように、そのまま通話がぷつんと切られる。
「逃げたな!」
すみれさんにはもう聞こえないのに、自然と口にしていた。
罰ゲームの内容がなんであれ、すみれさんは容赦ない。
そういう人だって、わかってる自分にちょっとにんまりしてしまった。
すみれさんだったら、なんて言うかな。
この子に返信しないなら、ギャルとやれまで言い出しそう。
それも守らなかったら……
縁を切るとか言い出しそうで、ちょっと怖くなった。
すみれさんとの縁が切れるのは、やだなぁ。
イラストも大好きだけど、こうやって気楽に話せる友人と呼べる人、すみれさんくらいしかいないし。
考えてもキリがない。わかっていても、ぐるぐると脳内は巡っていく。
それでも、不完全燃焼だったMVイラストの提案に、ちょっとだけやる気になってしまってる私も居る。
「とりあえず返事だけ、返事だけね。やるとは決めてないけど」
誰もいないのに、言い訳を呟いた。
そして、SNSのメッセージに返信を打つ。
『初めまして。お誘いいただきありがとうございます。歌、聞かせていただきました。まだ、協力するとは、断言できませんが、お話を聞かせていただけたら嬉しいです。小春』
ペンネームを最後に打ち込んで、迷いながら送信ボタンを押した。
小春というペンネームは、スズハルから来ている。
私の紅羽という名前をコハネとも読めるから、近しい名前にしようとは思っていた。
そこに、スズハルのハルを貰い、コハルにしたのだ。
スイマジと出会って私の人生が始まったのを、春と見立てているのもある。
小さい春見つけた、とか言うし。
返事を送ったことを報告しようと、すみれさんのDMに飛べばすぐに通知が届く。
あまりの返信の速さに驚きながらも、晴天さんのDMに戻る。
『ありがとうございます。お時間あったら、通話しませんか?』
通話アプリのIDも、ご丁寧に貼られていた。
心臓が、急にバクバクと音を立てる。
頭が熱くなって、何も考えられなくなりそう。
今はやることもないし、時間はある。
それでも、他人と話すのには、ちょっと心構えが必要。
いつだったらいいのかと聞かれたら、いつでも良くないけど。
この心臓のバクバクが続くくらいなら……
『大丈夫です。追加しますね』
返信を送って、先ほどまですみれさんと話していた通話アプリに戻る。
送られてきたIDをともだち追加すれば、すぐに通話の申請が届く。
あまりの行動の速さに、ちょっと碧みを感じる。
「どうして、こう、グイグイ系ばかり集まるかね」
ふぅううっと大きく息を吐いて、もう一回吸う。
そして、もう一回大きく息を吐いて、吸って……
を十回くらい繰り返した。
それでも、胸が痛い。
手は震えているし、深呼吸のしすぎてちょっと疲れた。
『今ダメでした……?』
通話の申請が切れたかと思えば、チャットが届く。
ダメじゃないんだけど、ダメなんだよな。
もう一回だけ大きく深呼吸をして、今度は私から通話の申請を送る。
「こんにちは?」
小声で、モソモソと聞こえてきた。
その声は碧によく似ていて……
やっぱり、碧かもしれない。
違うかもしれないけど。
誤魔化すように、高めの声を出してみる。
「初めまして、小春です」
声のトーンも抑えて、こちらもモゴモゴと喋る。
紅羽だとは、バレたくない。
「紅羽ちゃん、だよね?」
はっきりと名前を呼ばれて、やっぱり碧だったことを実感してしまう。
しかも、私が小春だということをわかっていて、メッセージを送ってきていた。
諦めたと思ったのは、違ったってこと?
でも、それだったら、どうしてあの時視線をプイッと逸らしたの?
「違ったら、ごめんなさい。でも、どうしても紅羽ちゃんが良くて、ネットから探したの」
黒板に描いていたイラストから、似てる絵師を探したというのだろうか。
あ、いや、私のアカウントにはヒントがたくさんあった。
スイマジのファンアートをしてること。
thinkigのファンアートを今製作中なこと。
高校二年生なこと。
全部が重なる絵師が、たくさんはいないだろう。
総当たりして絵柄を確認すれば、探せなくはないのかも……
それでも、そこまでする執念に、驚きと、ほんの少しの嬉しさが沸いてしまった。
これはもう、私の負けだ。
「一緒にやる」
ポロリと溢れた言葉に、碧は跳ねるような声を出した。
「ほんと!?」
「負けた、負けた。やるよ、決めた」
「じゃあ、会って打ち合わせたい!」
グイグイと変わらずに来る碧に、くすりと笑ってしまう。
私だって、碧に見せたいものがある。
不意に浮かんでしまった碧のためにできたような、あのイメージイラスト。
碧の歌が好きだから、私は、覚悟を決める。
絶対に、碧の世界は壊させない。
そんな作品を仕上げる。
「どこで合う? 駅前のカフェとか? 今から来れる!?」
勢い余って壁にでも激突しそうな碧に、この前のコンビニを思い出す。
見られたら、気まずいんじゃないの?
私と知り合いなこと、知られたくなさそうだったし。
問いかけるかどうか悩んで、ふぅっと息を吐き出す。
「知り合いに見られたらどうすんの」
「え、や、やなの……?」
私じゃなくて、そっちが。
私と碧は生きてる世界線が違うタイプの人間だし、誰かに見られたら嫌だったから目線を逸らしたんでしょ。
はっきり聞いてしまえばいいのに、そう答えられたら傷つく気もしてしまう、
碧の「やなの?」の言い方も、軽くショックを受けたような響きに聞こえた、
「嫌とかじゃなくて……まぁ普通に変でしょ」
「なにが?」
「私みたいなのと、碧が一緒にいるの」
だから、コンビニのアイスを選びなから気づかないふりをしたんでしょ。
女々しくグダグダと考える自分に、少しだけ嫌気がさす。
碧がそこまで思ってくれていたことが嬉しいのに、そんな些細な行動に頭がいっぱいになってる。
バカみたいだと思ってらけど、やめられない。
そんな性格だから、しょうがないけど。
「そんなことないじゃん。でも、わかった、うち来ない?」
「へ?」
「うち! 住所送るから」
碧の家。
友達の家に、お邪魔するのは小学生以来だ。
私の家と碧の家がどれくらい離れてるか、わからないけど……
窓の外に目を向ければ、燦々と照らす太陽が目に入った。
「わかった、送っておいて」
「うん、待ってる! ありがと、紅羽ちゃん」
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