『赤い指先』

 放課後の美術室は静かだった。

 窓から差し込む夕陽が、部屋の隅々まで赤く染めている。


 私は一人、キャンバスに向かっていた。

 赤を混ぜすぎた絵の具が、指先に少しついている。


「何を描いてるの?」


 不意に声がして、振り向く。

 彼女がそこにいた。


 片手にりんごを持って、私のキャンバスを覗き込む。


「赤……すごく多いね」


「夕陽のせいかも」


 そう言いながら筆を動かす。

 でも、視線の端で、彼女の指先がりんごの赤に重なるのが気になってしまう。


「モデルになってあげよっか?」


 彼女はふっと笑って、りんごを唇に寄せる。


「……じっとしててくれるなら」


 冗談のつもりだった。

 でも、彼女は本当にじっと動かなくなった。


 顔を上げると、真っ直ぐこちらを見つめている。


 視線が合って、なぜか指先が熱くなる。

 私は、絵の具を混ぜるふりをしながら、その感覚をごまかした。


「ねえ」


「なに?」


「その赤、私にもつけてよ」


 冗談みたいな言葉だった。


 だけど、気づけば私の指先が、彼女の頬に触れていた。


 少しだけ、赤い絵の具がつく。


 彼女がそっと目を細める。


「……ほんとに、つけるんだ」


「言ったの、あなたでしょ」


 静かな笑い声が響く。

 彼女はりんごをかじると、さっき私がつけた赤い跡を指先でなぞった。


「ふふ、なんか、どっちがりんごかわかんなくなるね」


 そう言って、私の指先をそっと握る。


 外では、夕陽が沈みかけていた。

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