『鬼ごっこの終わり』
ボロボロになった自転車を押しながら、夕暮れの道を歩く。
「それ、まだ乗れるの?」
横を歩く彼女が、笑いながら尋ねた。
「たぶんね。でも、ちょっと怖い」
前のタイヤが歪んでいて、サドルには傷。転んだときの名残がそこらじゅうにある。
「昔はさ、もっと無茶してたよね」
「してたね」
私たちはよく、あの公園で鬼ごっこをしていた。
棒切れを剣みたいに振り回して、誰が一番速く走れるかを競った。
転んでも泣かなくて、膝に傷をつけたまま笑い合っていた。
「いつから、こんなに慎重になったんだろ」
呟いた言葉に、彼女は少し考えるそぶりを見せた。
「……転んだら、痛いって知ったからじゃない?」
「昔だって、痛かったよ」
「でも、今はもう、傷が残るのが怖いんでしょ?」
彼女は、ふっと私の手を取る。
「ほら、ちゃんとついてる」
指先でなぞるのは、昔つけた小さな傷跡。
「今の傷は、もっと消えにくいのかもね」
彼女はそう言って、手を離した。
ふと、鬼ごっこをしていた頃のことを思い出す。
あのときも、私は彼女を追いかけていた。
でも、もう捕まえられない。
彼女の携帯が震えた。
画面をちらりと見た彼女は、小さく息をついて、ポケットにしまう。
「そろそろ行くね」
彼女は軽く手を振って、歩き出す。
私は歪んだ自転車を見下ろした。
きっと、もう乗らない。
だけど、しばらく捨てられそうにない。
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