後日談

 あれから数ヶ月後。

 高崎は、別の仕事を始めて忙しくしていた。

 そして、今日は、その報告のために紗栄子の実家が営む喫茶店に来ていた。


「仁子ちゃんは、保育園ですか?」

「ええ。しばらく私から離れなくて大変だったんですけれど、ようやく気持ちも落ち着いたみたいです」


 高崎の目の前には、カレーがある。

 以前に食べた時よりも、もっとうまく感じるのは、心が穏やかな証拠かもしれない。


「妹島先輩は……」

「連絡してこなくなりました。星崎佳菜江に命を狙われたことが、ショックだったようで、怯えているようです。まあ……養育費も相変わらず払いはしませんが」


 紗栄子は苦笑いする。


「そうですか」

「ええ、でも、もう縁さえ切れれば、どうでもいいんです。仁子の生活を邪魔しなければ」


 教会で死んだ遺体は、やはり星崎佳菜江だった。

 木下が殺したのだ。そして、放火したのも、木下だった。

 木下は、星崎佳菜江に弱みを握られ、ずっと手足をように指図されていた。

 だから、絶好の機会に、星崎佳菜江を殺害したのだ。

 焦ったのはその後。

 時計がないことに気づき、高崎達を脅した。


 高崎達も警察で色々と調べられたが、殺人未遂であり、妹島が訴えなかったことで、うやむやにされた。


「そうだ。今度一緒に水族館へ行きませんか? もちろん、仁子ちゃんも一緒に」

「水族館……ですか?」

「ええ。だって、好きだったんでしょ? それなのに、悪い記憶が残って行けなくなるのなら、可哀想だ。思いっきり楽しい想い出にしてあげましょうよ」

 

 高崎の提案に、紗栄子がちょっと戸惑う。


「あ……いえ、下心なんて、そんな、ないですよ!」


 焦る高崎に、紗栄子が少し笑ってくれる。


「分かりました。仁子に聞いておきますね」


 柔らかく笑う紗栄子に、高崎もホッとする。

 警察の取り調べによると、高崎に一度だけ顔を見せた依頼人は、やはり星崎佳菜江だった。

 妹島への恨みを吐露するあの表情を、高崎は今でも忘れられない。

 時々、ふとした時に、あの顔を思い出すのだ。

 妹島殺害を企て高崎を殺そうとし仁子に誘拐したのだから、同情の余地はないのかもしれないが、それでも、あの顔を思い出せば、少し憐れな気が高崎はする。

 今となっては、どうしようもないが。

 紗栄子のスマホが鳴る。


「なんでしょう?」

「知らない番号なんですか?」

「ええ……」


 紗栄子は、電話に出る。


「はい……ええ……え? まさか……」


 紗栄子の表情が、一瞬で強張る。


「何か良くない知らせですか?」


 高崎が聞けば、紗栄子がコクリと頷く。


「妹島が、刺されて死んだんだそうです」

「え?」

「犯人は、星崎佳菜江の父親だそうです……」


 妹島を刺殺した犯人は、現場で取り押さえられたのだそうだ。

 

「ああ……」


 なんと言ってよいか分からない高崎は、小さなうめき声をあげるしかなかった。

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