教会

 高崎と紗栄子が教会に着いた時、辺りは静まりかえっていた。

 住宅地に立つプロテスタント系の教会には、小さな公民館ほどの大きさの、手入れの行き届いた花壇に囲まれた綺麗な教会だった。


「まさか、またここへ来るとは思わなかったわ」


 不味いものでも食べさせられたかのような表情の紗栄子は、社用車から降りて、教会の門を開ける。


「教会って、牧師さんとか神父さんが住んでいるんじゃないんですか?」

「プロテスタントだから牧師様ね。ここは、牧師館が近所にあって、教会には夜は誰もいないのよ」


 昔来たことがあるということで、紗栄子は詳しい。

 依頼人が水族館に残した地図にあったのは、確かにこの場所だった。


「ここで結婚式を挙げたんですよね?」

「ええ。今となっては、それが大間違いだった気しかしませんけれど」

「でも、仁子ちゃんが産まれたじゃないですか」

「ええ、それだけが救い。だから、絶対に無事に取り戻したいんです」


 それは、高崎とて出来ればそうあってほしい。だが……証拠があるから取引に応じろと送ってみた連絡に、返信はない。

 それに、向こうが命じてきた指令である妹島殺害を、高崎と紗栄子は実行しなかった。

 

「うまくいくといいですね」


 緊張した面持ちの紗栄子に、高崎はそう声を掛けた。

 紗栄子と高崎の二人、ここへ来るまでの間に、出来るだけのことはしたのだ。


「ええ……」


 紗栄子は、短く答えて、教会のドアを開けた。


 静まり返った教会の中、灯りはついていたので、中は容易に見渡せた。

 高い天井には、木製の大きな梁が渡っている。木製のベンチが並び、中央には前方の説教台へと続く道が開けられていた。


 新郎と新婦として、かつて妹島と紗栄子が歩いたであろう場所を、高崎と紗栄子が前へと進む。


 椅子の間、床の上、きょろきょろと高崎が辺りを見回してしまうのは、依頼人が見ているのではないかと疑ってしまうから。

 しかし、教会内に人影はなかった。


「高崎さん、説教台の上に何かあるわ」


 紗栄子に言われて高崎が見れば、いつもの猫柄のエコバッグが転がっていた。


「またかよ」


 高崎は、うんざりしながら、中を確認する。

 入っていたのは、紙が一枚。

 

『取引に応じよう。妹島の遺体と証拠をここに置いておけ』

そう書かれていた。


「どうしよう。今から妹島を遺体にしなきゃ」

「いや、紗栄子さん、落ち着いて」


 準備はしてきたのだ。

 ここで落ち着かなければ、後はない。高崎は、「ふぅ」。と、息を吐く。


「しかし……反応はありましたね」

「ええ、そうね。返信に返しては来なくても、見てはいるようですね」


 高崎は、スマホにメッセージを打ち込む。


『仁子を返さなければ、どちらも渡さない』


「返答きますかね?」

「来なかったら、次の手段に移りましょう。高崎さん、言いなりになっていたら仁子は戻って来ないわ」


 静まり返った教会の礼拝堂。

 高崎のスマホの着信音が鳴り響いたのは、それから二十分ほど経った時であった。

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