証拠品

『まず、説教台の上に証拠を置け』


 スマホに指示が来た。


「紗栄子さん……」

「相手も慎重なようね。いいわ、従いましょう」


 高崎は、紗栄子に言われて、説教台の上にスマホを置く。

 このスマホは、高崎の物でも、紗栄子の物でもない。

 古びた木の説教台には、聖書が一冊隅に置かれている。

 その横に高崎は、件のスマホを置く。

 黒いスマホカバーに、一昔前のアイドルの写真が貼ってある特徴的なスマホである。

 どこかで様子を見ているならば、必ず気づくはずなのだ。


「分かりますかね?」

「さぁ……。でも、驚いているはずよ。たぶん、疑っているから、ほら……」


 説教台に置いたスマホが、ブルブルと震え出す。


「かかって来たわ」


 紗栄子はすかさず電話に出る。


「残念ね。あなたは、また男に裏切られたの。妹島の時といい、本当に男運がないわね」


 勝ち誇ったような紗栄子の口調に、高崎は身震いする。


「紗栄子さん、怖いです……」

「馬鹿ね、煽らなきゃ相手が焦らないでしょ? 演技よ! 演技!」


 いや、怖いです……とは、言えない高崎は、黙って紗栄子の横に立つ。

 この説教台にあるスマホが見えているということは、どこかにカメラがあるはずである。

 高崎は、きょろきょろと説教台の上を探すと、梁の横にレンズがこちらを向いているのに気づく。

 ……あれだ。

 教会が設置したにしてはあまりにも中途半端な位置に取り付けられたカメラ。

 あの向こうから、依頼人がこちらの様子を伺っているはずだ。


「紗栄子さん、あれ!」

「ええ」


 紗栄子は、カメラをキッと睨む。


「おかしいと思わなかったのかしら。あっさりと殺すはずの妹島がしぶとく生き残っていて、高崎がここに無傷で立っているの。あなた、ずいぶんと前から裏切られていたのよ。従うふりをしていただけ」


 紗栄子の煽りは止まらない。


「筒抜けだったのよ」

「……」


 無言の相手に、紗栄子は言葉を続ける。


「仁子を返してくれれば、このスマホも妹島の遺体もくれてやるわ」


 紗栄子の言葉に、スマホの向こうから返答はなかった。

 通信は、あっさりと切れてしまった。


「やっぱり……煽るのは良くなかったのではないですか?」

「今さらそんなこと言わないでください」


 向こうが無言ならば、従うべきか……。しかし、ここで動いて結局仁子が解放されなければ、苦労は水の泡である。


 失敗したのかもしれない。そう高崎も紗栄子も思い始めた時に、また、高崎のスマホが震える。


「今度は何でしょうか?」


 高崎がスマホを確認すると、そこには、一分ほどの動画が送られて来ていた。


「に、仁子!」


 動画を見て、紗栄子が叫ぶ。

 動画の中で、仁子が泣いている。泣きながら、きょろきょろと辺りを見回して、おそらく紗栄子を探して歩き回っていた。


 場所は最悪だった。

 古い外灯がポツリポツリと灯るだけの暗い山道。そこに仁子は置き去りにされているようだった。


 野生動物に襲われる、山道に来た車に轢かれる、山に迷い込んで遭難する、崖から落ちる……。幼い子どもだ。何が起きてもおかしくはない。

 何かあったとて、依頼人は何も気にしないのだ、むしろ何かありそうな場所に放置したのだと気づいて、高崎は身震いする。


『妹島の遺体を説教台の横に置けば、仁子の場所は教えてやる』


 依頼人からの言葉であった。

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