タクシー
タクシーで紗栄子と二人並んで高崎は座る。
タクシーの窓から見える夜の暗い街並みを不安そうに見つめる紗栄子に、高崎は声をかける。
「写真にベンチが写っていたとしても、今も仁子ちゃんがそこにいるとは限りませんよ?」
高崎の言葉に、紗栄子が振り返る。
キッと真っ直ぐに高崎を見る紗栄子の眼差しは強い。
「分かっています。でも、それしか今は手がかりがないんです。行くしかないじゃないですか!」
「そうですけれども、このまま突っ走ったら、奴らの術中にはまるだけです」
高崎は、それでずいぶんと痛い目に合ってきたのだ。
流されるままに依頼をこなし、後には引けないところまで追い込まれてしまったのだ。
「だったら、どうしたら良いんですか?」
「俺だって分かりません」
「そんな!」
「分かる訳ないじゃないですか。分かったら、最初からやっています。でも……」
「でも?」
「だからこそ、やばいって分かっているんです。考えます、考えましょうよ」
高崎は、スマホをいじる。
「仁子ちゃんがいたとしたら、そこで仁子ちゃんを取り返し、犯人を捕まえることを考えればいい。ひとまず仁子ちゃんの安全を確保し警察に通報することも出来るでしょう。ですが、問題は、仁子ちゃんがそこに居なかった時です」
「居なければ、どうすれば?」
「俺達は、仁子ちゃんの居場所の手がかりを失います。関与していると分かっているのは、保育園の保育士星崎佳菜江と木下課長。それに他にもいるかもしれません。ですが、妹島に近い二人ですし、星崎佳菜江が妹島に恨みを持っていることを考えれば、きっとこの二人が、依頼人に近いか依頼人本人かと考えられます」
「じゃあ二人の居所を探る?」
「ええ、ですが、慎重にしないと、間違えれば仁子ちゃんの命が危うい」
高崎の横で紗栄子が考え込む。
「そうね。もし、下手に動いて、仁子に何かされれば、それで終わりですもの」
「でしょう。だから、相手には、こっちが相手の言う通りに動いていると思わせた方がいいんです」
「じゃあ……妹島を」
チラリとタクシーの運転手の方を見て、「殺す?」と、紗栄子は小さな声でつぶやく。これから殺人を犯す相談なんて、運転手に聞かれれば面倒なことになりかねない。
「ええ、少なくともフリはした方がいいです」
「そう、ね……」
「たぶん、俺が何もしなければ、追加の指令が来ます。ひょっとしたら、仁子ちゃんを探しに行った水族館で、何かあるかもしれないですね」
「何か、ですか」
「ええ、心しておきましょう」
高崎の言葉に、紗栄子はゆっくりと首を縦に振った。
タクシーは、目的地の水族館の入り口に停車し、高崎と紗栄子は、そこに降りる。
ナイト営業をしているからだろう。水族館の入り口は、明るい。入り口には、従業員が立っている。
「あの、仁子は……こんな子は、今日来ませんでしたか?」
紗栄子がスマホの写真を見せながら従業員に尋ねる。
「さあ……どうでしょう。子連れのお客様は数組いらっしゃいましたが、お顔までは分からないですね……」
「中に入ることはできますか?」
「本日は、満席なんですが、お客様はご予約は?」
予約は……と、聞かれても、紗栄子も高崎も、当然のことながら予約なんてしている訳がない。
二人で顔を見合わせて黙っていると、受付の女が。「残念ですが……」と、門前払いしようとする。
「待ってください! ええっと……そうだ。高崎、高崎の名前で予約されていたりしませんか?」
咄嗟に出た言葉だった。
『満席』と言いながら、『予約は』と尋ねてくるということは、まだ、予約していて到着していない客がいるということだろう。
もうとっくに普通の客は入館しているはずの時間だ。
だったら。ひょっとして、依頼人が、高崎たちを招き入れるために予約をしているのではないかと思ったのだ。
「なんだ。『高崎様』でしたか。二名様。お待ちしておりましたよ」
受付の女性は、ニコリと笑って館内へ案内してくれた。
「行きましょう。紗栄子さん」
「ええ……」
罠と分かっているが、ここはいかなければならないだろう。高崎は、ゴクリと唾を飲みながら、足を進めた。
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