誘拐犯
「やっちゃいましょう!」
「え……紗栄子さん?」
大人しい見た目の紗栄子とは思えない発言に、高崎は戸惑う。
「だって、仁子の写真に、『妹島を殺せ』って、これは脅しじゃないですか! 妹島を殺さなきゃ仁子が死ぬなら、私は仁子を選びます」
「そりゃそうですけれど、そうじゃないじゃないですか。人殺しですよ?」
「仁子のためなら」
高崎は、絶句する。
「高崎さん?」
「紗栄子さん、一旦落ち着いてください。よく考えて。良いですか? こんな子どもを誘拐して脅してくる連中、妹島を殺したからって仁子ちゃんを返してくれるとは限らないでしょう?」
ずっと闇バイトとして名前も知らぬ連中に金のために言いなりになっていた高崎が偉そうに言える立場ではない。
だが、ここで迂闊に動けば仁子の命をさらに危うくしてしまうことをよく知っているのも高崎だった。
「そうです……よね。でもどうすれば……」
「ヤツらについて、もう一度じっくり考えてみましょう。できれば、ヤツらが仁子ちゃんに何かする前に正体を突き止めて、仁子ちゃんを取り戻すんです」
高崎は、先ほどSNSで見つけた火災現場の写真を紗栄子に見せる。
「この写真に知り合いは写っていませんか?」
高崎に言われて、紗栄子は写真を注意深く見る。しばらくして、紗栄子は一枚の写真に目を止める。
「木下さん! ここに木下課長が!」
紗栄子が上司の男を写真から見つけて指さす。
「俺もそう思います。これは、上司の木下課長だと」
「木下さんが火災現場に?」
「これ、燃えているの、俺の家なんですよ」
先ほど公園で、家を燃やされたことは紗栄子にま話してある。
紗栄子は、写真をじっと見つめている。
「紗栄子さん、俺は、木下課長が、火災現場を確認しに来たのだと思っています」
「何のために?」
「おそらく、証拠品が現場に残っていないかを確認するため」
「証拠品?」
「ええ、俺がヤツらとやり取りした中で得た証拠を、手っ取り早く家ごと燃やしたんだと思います。ヤツらの計画通りならば、俺は妹島先輩を病院で殺した帰りに、歩道橋で突き落とされて死んでいたんだと思います。そして同時に、家を燃やして証拠を隠滅した」
「ところが、妹島は生きていて、あなたもここにいる」
「ええ、しぶとくね」
高崎も妹島も、ヤツらの計画通りには死ななかった。
こうまでも失敗した理由は、結局、闇バイトだからであろう。
言われたことを細切れに実行する人間達が、自分の仕事に責任なんて持つわけがないのだ。
それは、高崎も同じだった。
運ぶだけ、背中を押すだけ……小さなタイミングの違いで計画は失敗に終わるのだ。
「仁子の誘拐も、雇われた人間が?」
「分かりません。ですが、こうやって写真付きで依頼が来たということは、依頼人か依頼人に近い人間が、仁子ちゃんを誘拐しているんじゃないかと思います」
「それは……木下さん? 木下さんが、仁子を誘拐したの?」
紗栄子の言葉に、高崎はフルフルと首を横に振った。
「たぶん、木下課長では無理でしょう。関与していた可能性はもちろんありますが、木下課長では、仁子ちゃんが自分から外に出るように仕向けるなんて無理ですよ」
「確かに……仁子にとっては、ほぼ知らない大人ですもの。私が目を離した隙に近づいて、もし木下さんが何かを言ったとしても、仁子は付いて行きはしません」
「考えてください。紗栄子さん。仁子ちゃんが従う相手で、紗栄子さんのことも妹島のことも良く知っている人物」
「私の両親ですか?」
「いいえ、違う。紗栄子さんの両親ならば、仁子ちゃんを脅しの道具になんかしない。ほら、妹島に恨みを持っている人物、そして紗栄子さんにも危害を加えかねない人物」
高崎の言葉にしばらく考え込んでいた紗栄子が、「あっ」と、小さな悲鳴をあげる。
「妹島の浮気相手。仁子の通う保育園の保育士だった彼女ならば、仁子は従うと思います」
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