仁子
高崎は、紗栄子の電話を受けて、慌てて紗栄子の実家である喫茶店へ舞い戻る。
紗栄子の父親の営む喫茶店。明かりが付いている店内を覗くと、そこに紗栄子が一人カウンターで頭を抱えて座っていた。
カラン
乾いたベルの音に紗栄子は振り返える。
訪問者が高崎と分かると、あからさまに失望の色を浮かべた。
仁子の帰宅を期待して、失望したのだろう。
「に、仁子ちゃんは?」
青ざめた顔の紗栄子に尋ねれば、紗栄子は力なく首を横に振る。
「今、父が、母と一緒に仁子を探してくれています。私は……誰かの連絡が来ないかと待機しているところです」
本当は、紗栄子も探しに出たいのだろうが、誰もいなくなれば、万一仁子が帰った時に誰もいなくなってしまう。
紗栄子は留まらざるをえなかったのだろう。
「仁子ちゃんが居なくなってのはいつですか?」
「つい先ほど、八時くらいでしょうか。私が仁子をお風呂に入れて、仁子が先にお風呂を出たんです。両親がみてくれているとばかり思ってお風呂を出たら、仁子がいなくなっていて……」
「家の中にいたのに……ですか?」
「仁子が自分で外に出たんだと思います」
「なぜ?」
「そんなの! 分かるわけないじゃないですか! 今まで一度だって……一度だってそんなことなかったのに!」
紗栄子の目から涙がポロポロとこぼれ出す。
高崎は、ジャケットのポケットを探り、ハンカチを紗栄子に渡す。
紗栄子は素直た高崎のハンカチを受け取り、次々とあふれる涙を抑えていた。
「紗栄子さん、あの……」
俺も探しに行きます……と、高崎は言おうとして、ふと自分のスマホをみると、何か連絡がきている。
いつの間に来ていたのだろう。
高崎は、スマホを操作する。
「指令だ……」
高崎は、指令を確認してギョッとする。
写真が付いているのだ。
「これ……」
高崎は、写真を紗栄子に見せる。
ひょっとしてとは思っても、高崎には確信は持てない。
「仁子!」
紗栄子が悲鳴に近い叫び声をあげる。
写真には、小さな子どもの手だけが写っている。ピンク色のパジャマの袖口と、小さな手のひら。手首には、小さなホクロがある。
「どういうことですか! どうして仁子が!」
「俺だって分かりませんよ!」
高崎だって、仁子が巻き込まれた理由なんて分からない。
分かっているのは、高崎に依頼したヤツらが、仁子を誘拐したことが、確実になったこと。
「依頼は……」
高崎は、確認する。
依頼内容は、シンプルに一言だけだった。『妹島を殺せ』
高崎の心臓は、氷水を浴びせかけられたかのようにキュッと縮み上がった。
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