ビジネスホテル

 紗栄子と何か思いついたことがあれば連絡してくれるように約束して、高崎は、ビジネスホテルの部屋で一人、スマホをいじっていた。


 高崎の家は火災で焼けてしまった。

 行くところはない。


「やっぱりだ。俺の部屋が火元だ」


 ネットにアップされている通行人や近所の人々の投稿を検索すれば、高崎の部屋が一番燃えていることが分かる。


『中の人、丸こげじゃないか?』『どうせ寝タバコとかだろう?』『ヤバ! 思ったより燃えている』好き勝手な言葉がネットにあふれている。


「この分だと……全部燃えているな……」


 だったら、家に戻る必要はないだろう。

 どうせ、使える物なんて転がっていない。

 高崎殺害が目的であったとすれば、放火する時に高崎が部屋にいないことは、分かっているだろう。

 ならば、目的は……証拠隠滅か。

 高崎は、考える。


「火の手が上がったのは……病室を出た直後くらい……ということは、向こうも俺が殺害に失敗したことは、気づいていないはずだよな?」


 では、高崎の部屋を焼くことは、元々の計画にあったことなのだ。


「妹島先輩の殺害が成功していたとしても、燃やされていたってことか……」

 

 考えてみたら、あの突き落とされたのだって、失敗の粛清だとしても早過ぎる。

 バイトを雇って、指令を出して、実行させる。そんなに早く実行できることではないはずだ。


「そもそも、俺に罪を擦りつけるつもりだったってことか」


 高崎は、震え上がる。

 では、殺害に失敗して、高崎の立場はどうなるのだろう。妹島は? いまだ生きている妹島は、今後どうなるのだろうか。

 

「どうしたらいいんだよ!」


 見えない敵に高崎は苛立つ。

 ふと、スマホの画面の一つに目を奪われる。

 消火活動が終わり、黄色い侵入禁止のテープが貼られた現場に、見覚えのある人影が写っているのである。


「え……」


 高崎は、息を飲む。

 野次馬の中に小さく写るスーツ姿の男。

 焼け跡に視線が行き、自分の姿が撮影されていることには気づいていない。


 高崎の上司だ。

 なぜ? 高崎の頭に疑問符が浮かぶ。

 

「俺を心配して……いや、そんなわけあるか。もし警察から連絡があったとしても、そんな早いわけない」


 この画像が撮られたのは、消火してすぐだろう。まだ、消防車も写っている。ならば、まだ現場検証も終わっていないはずだ。


「嘘だろ? 奴らの味方ってことかよ?」


 高崎は、自分の考えに唖然とする。にわかには信じがたい。だが、合点がいくことも多い。

 高崎を飲み会に誘ったのは、上司だ。

 高崎に妹島の見舞いに行くように言ったのも上司だ。


 紗栄子の居場所を教えてくれたのも、ヤツだ。


「まずい!」


 高崎は、紗栄子に電話をかける。

 

「まずいぞ。紗栄子のところに行ったのが、奴らにバレている」


 気ははやるが、紗栄子は電話に出ない。

 高崎が上司に紗栄子の居場所を聞いたのだから、確実に奴らは、高崎が紗栄子を訪ねたことを知っているのだ。


 知っていて、それを阻止しなかった。

 なぜ? 


 考えれば考えるほど、高崎の脳裏に悪い想像がめぐる。


『もしもし?』


 何度目かの電話で、ようやく紗栄子が応答する。


「紗栄子さん、良かったです! あの……」

『高崎さん、大変です! 今、仁子が! 仁子がいなくなってしまったんです!』


 電話の向こうから聞こえてくる紗栄子の声は、とんでもない事態をつげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る