【KAC20255/天下無双・ダンス・布団】聖女のペット様用寝具の素材コンテスト

魚野れん

ペット様はご乱心を阻止される

 依美えみはふかふかのクッションだらけのベッド――と言うよりは巣――の中でため息を吐いた。


「お布団が恋しい……お布団じゃなくても良い。慣れ親しんだものがほしい……」


 完全にホームシックである。突然この世界へと転移してしまった依美は、家族のいる元の世界が恋しくなっていた。それはそうだ。依美は成人したてである。

 人生を達観した老人ならまだしも、まだまだ己の育った世界での未来があったはずなのだ。もしかしたら、もう少し子供であったならば、単なる冒険として楽しめたのかもしれない。

 だが、家族や友人、これからの未来などのビジョンを世界で確率してしまっている今、新しい世界へようこそと言われても、適応しきれないのだった。


 そりゃ、最初の頃は平気だった――っていうか、衝撃が大きすぎてハイになっていたんだと思うのよね。


 依美は今、聖女のペットとして過ごしている。そう、何一つ不自由のないペット様生活である。人によっては、最高だと言いそうな環境だ。

 異世界転移した先の展開としては、かなり恵まれている自覚はある。代償を求められることなく、衣食住を保証してもらえている。変な肩書きはついているが、それが自分を守ってくれるものだと思えば、我慢できなくはない。

 しかし、である。ここには生まれ育った世界ではない。依美のことを知っている人は、誰もいないのだ。


「オフトン、とは何だ?」

「ナルバウ」


 鬱々とした依美の思考をぶった切ったのは、美しい鳥の鳴き声だった。出た、副音声男その一。依美はそう思いながら彼の名を読んだ。

 耳から聞こえる彼の鳴き声はとても美しいのに、脳内ではそれを翻訳したと思われる男性の声が流れてくる。美しい鳴き声を堪能したいが、翻訳機能が邪魔をする。コミュニケーション取れなくなるから、我慢するしかない――というか、制御の仕方が分からないからこのままでないと困る――のだが。

 

「俺の質問に答えろ、エミィ。オフトンとは?」

「私の世界でいう、寝具です」

「シング……」


 まずい、単語が伝わらない。翻訳機能、中々に癖が強い。彼の職業は聖女だし、他にも色々とおかしなことが多い。けれど、依美が鳥の鳴き声を真似して会話するよりはましだ。

 依美はふう、と息を吐き出してから布団についての説明を始めた。


「お布団とは、布団のことです。あなた達はクッションを集めて寝ていますが、私の世界では、敷布団という綿や詰めた平たい袋の上に寝転がって、更に上から毛布や掛け布団という綿や羽毛を積めた敷布団よりもふっくらとしたものをかけて寝ます」

「羽毛を毟るのか……」


 何を考えたのか、ナルバウが己の両腕をさすっている。羽毛と言われて自分の羽根が毟られるのを想像したのだろうか。自分から羽根を毟って渡してきたくせに、いざ毟られると思うと嫌なのか。別の種族だからか、表情が読みにくい。

 顔の構造はほとんど人間と同じなのに、どことなく違う。


「オフトン、欲しいのか? クッションでは物足りないと?」

「えっ、えっと、そういうわけでは……」


 正直に言えば、お布団が恋しい。そもそもこの世界には知らないものが多すぎるのだ。馴染みのないものばかりで、寂しいのだと思う。

 だから、少しでも何か元の世界との繋がりを感じられるものがあったら少しでも気が休まるのではないか、なんて思ってしまったのだ。

 だから、突き詰めるのならば布団でなくても良いのだが。


「オフトン、シキブトン、カケブトン……誰の羽根を詰めたいとか希望はあるか?」

「え」

「特にないのならば、オフトンに使用される羽毛を提供するという役を務める者を決めねばらない」

「なんて?」


 特定の誰かの羽毛を使って布団を作るつもりなのだろうか。依美は最近知り合ったばかりの、人の好いグリフォン獣人たちが鳥肌のチキンになる姿を想像し、ぶるりと震えた。きも……じゃなかった、怖いし申し訳なさすぎる。

 ペットの権力が強すぎる。前から思っていたが、聖女のペットって、もしかしなくともすごく高い地位なではないだろうか。このままでは、誰かがチキンになる。そもそも、自らの意思で抜いた羽根って重要な意味を持っているのではなかったか。

 慌てた依美は早口で彼に話しかける。


「ねえ、ナルバウさん、毟っちゃだめだとおも――」

「そうだな、ダンスで決めるとしよう」

「ちょっとナルバウ……!?」


 しかし、少しばかり遅かった。依美の言葉など耳に入らないようで、ナルバウはブツブツとひとりで呟きながら部屋から出て行ってしまう。


「うそぉ……どうしよう……」


 依美の中にあったホームシックは、想定外の展開のせいで吹き飛んでしまっていた。




 本当に大変なことになってしまった。依美はダンスホールの端にある豪華な椅子に座らせられ、何かを見せられようとしていた。ダンスの試合が始まるらしいが、依美はそのダンスが何なのかも分からない。

 分からないことばかりなのに、ナルバウからは「一番素晴らしいと思った者を選べ」とだけ言われ、そのまま放置されてしまった。

 これでは本当に何が何だか分からない。ダンスの何を評価すれば良いのか。評価するポイントも分からない状態で、どうすれば良いのか。依美は戸惑うまま、グリフォン獣人たちが続々と集まっていく姿を見つめていた。


「そろそろこれで全員か?」


 ナルバウの声が会場に響く。グリフォン獣人が並び立つと、いかにナルバウの翼が大きく、美しいかが分かる。ひときわ目立つ彼に視線を奪われていると、依美に気づいたナルバウが顔を向けてきた。


「エミィ、これから俺を含めた全員が踊るから、それを見て誰の羽毛を使うか決めなさい」

「どういう基準ですか」

「基準って何だ?」

「あ、良いです。どうぞさっさと始めてください」


 依美は考えることを放棄した。最悪、困ったらナルバウを指名すれば良いや。そんなことを思いながら。


「それにしても、エミィ様は人気ですね。私は自信がないので見学ですが」


 依美の付き人よろしく側に立っているグリフォン獣人が、朗らかに笑う。彼女はモルヴァン。ナルバウのいとこである。美しい色合いの羽をしているが、確かに彼女の翼は小さく、羽根自体も小さめである。

 ホールに集まって翼をバサバサとさせ始めた彼らと比べると、彼女の言葉は決して謙遜などではないのだと分かる。これは、ダンスなのだろうか。

 依美の考えるダンスとはちょっと違う。やはり、彼らは鳥なのか。鳥の求愛ダンスに似ている気もする。人間に翼が生えた容姿をしている彼らを鳥として考えようとすると、何とも言えない気分になる。

 困惑している依美の隣では、彼らのダンスを見て鷹揚に頷いているグリフォン獣人がいる。


「まあ、でもこのメンバーでは……ナルバウが一番でしょうね」

「そうなんですか?」


 最初から結果は分かっているのだとでも言うような言葉に、依美は首を傾げる。モルヴァンは身内の誉れを自慢するのが楽しいようだ。声が弾んでいる。


「ええ。そもそも、ナルバウは何をさせても無敵だもの」

「……天下無双ってことですか」

「テンカムソ?」

「あ、気にしないでください。ただの独り言なので」


 また存在しない言葉だったか。依美は小さく首を横に振って話を止めた。しかし、そうか。

 目の前で踊る彼らを見ながら思う。ナルバウは何をやらせても一番なのか。依美には、このダンスのどこが素晴らしいのか全く分からないが、モルヴァンが「やっぱりナルバウが一番素敵だわ」と褒め称えている。

 目立っているという意味であるならば、ナルバウが一番目立っている。他の面々も派手な踊りをしているが、どうにもナルバウと比べると見劣りしてしまう。目立っているかどうか、で判断するのが正しいのならば、間違いなくナルバウを選ぶしかないだろう。


「これって、目立つ人を選べば良いの?」

「踊りも見てほしいけれど、エミィ様はこちらの文化が分からないんですものね。その基準で良いですよ」


 音楽なしに踊り続けるグリフォン獣人たち。シュールすぎる。


「じゃあ、ナルバウで良いです。もう、天下無双の彼にします。何か困ったら彼を選べば間違いないってことだけは分かったし」

「まあ、素敵! エミィ様は何度でもあの子を選んでくださるのですね!」


 何か、ちょっと想定外の勘違いを起こしていそう。依美は小さな嫌な予感を胸に抱いたまま、あいまいに微笑んだ。


「では、早速彼の羽根を毟ってシキブトンとカケブトンを作りましょうね」

「あ、やっぱりお布団は諦めよ――」

「俺を選ぶか、エミィ。飼い主を選ぶなんて、この可愛い奴め」

「うっ……」


 ピィーと鋭く鳴いたモルヴァンにいち早く反応したナルバウが飛んできた。風圧で依美を圧倒した彼は、そのままぎゅむっと依美を抱きしめる。ああもう、良いです。当人が喜んでいるのなら。

 依美は無残な姿になってしまうかもしれない飼い主を想像して小さくため息を吐くのだった。

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【KAC20255/天下無双・ダンス・布団】聖女のペット様用寝具の素材コンテスト 魚野れん @elfhame_Wallen

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