〜knot〜

愛世

knot

 ベッドに横たわる私に、小鳥のさえずりと眩い朝陽。穏やかな日曜の朝を彩るはずの光景を、鋭い頭痛が台無しにする。……昨夜は飲みすぎたみたい。

 まだ起きるには早いし、もう少し寝ていよう。そう思って目を閉じかけた――その瞬間、違和感が背筋を這った。


 寝具の匂いも、枕の硬さも、どこか違う。

 そして、私を腕枕する、この存在も――。


「……起きた?」


 低く、掠れた声。


「――きゃあ!」


 一気に目が覚め、私は飛び起きた。


「……え、なんで……?」


 なぜ、あなたが――?

 頭が真っ白なまま、必死に昨夜の記憶を手繰った――。






「それじゃあ、遥香ちゃん。気をつけて行っておいで」


 そう言って、益子壱成ましこ いっせい先輩はハンドルから手を離し、私を引き寄せてキスをしてきた。


「……行ってきます」


 小さく呟き、俯いたまま車を降りた私。窓の向こうで手を振る先輩を直視できず、足早に駅へと向かった。






 私は今、中学の同窓会が行われる地元に向っている。何時間も電車に揺られて辿り着いたのは、地元でも割と栄えている繁華街。今日はその一角にある飲食店を貸し切って、中学時代の仲間達が集まるのだ。




「あっ、遥香!久しぶり!」


 会場はすでに大盛り上がり。懐かしい顔ぶれに、昔話に花が咲いた。アルコールが回るにつれ、会話も弾んでいった。

 そんな時、不意に背後から声をかけられた。


「……九谷、さん?……九谷遥香くたに はるかさん?」


 その瞬間、酔いが一気に引いた。振り向くと、そこに立っていたのは――。


「瀬戸くん……?」


 中高生時代の友人であり初恋の人、瀬戸奏汰せと かなたくん。


 高校卒業以来、二年ぶりの再会。少し伸びた髪に、大人びた顔つき。忘れかけていた初恋の感情が、胸の奥で微かに疼く。


 彼とは卒業式の日にある意味一方的な別れ方をしたから、気まずくなるかと思いきや、彼は変わらず気さくで、私達は自然と杯を交わしていた。


 ……と、そこまではよかったのだけれど。






「……なんで、瀬戸くんが……?」


 寝ぼけ眼で私を見上げる、上半身裸の彼。


「なんでって、ここ、俺のアパート……」


 瀬戸くんはまだ半分夢の中らしく、瞼をこすりながら上体を起こした。

 改めて周囲を見渡すと、男の人の部屋特有の殺風景な空間。それが、現実感を突きつけた。


 私は慌てて自分の格好を確かめた。

 ――うそ、下着姿?!


「あ、あの、瀬戸くん、昨夜、私達って……?」

「……覚えてないの?」


 理解が追いつかない。そんな私を覗き込んでくる彼の視線で、じわりと熱を帯びていく。


「……じゃあ、本当に……」

「何か問題?」

「だ、だって――」

「だって九谷さん、今フリーでしょ?」


 私は言葉が出なかった。


 ……そう。先輩とはキスをするけれど、「好きだよ」とも「付き合おう」とも言われたことはない。


 ――そうだ。昨夜、私はそれを瀬戸くんにぶつけたんだった……。


 曖昧な関係に悩む私。自分がどうしたいのか分からない私。そんな私の話を真剣に聞いてくれた瀬戸くん。


 「まだ思い出さない?」、そんなことを言いたげな彼の顔を見た瞬間、昨夜言われた言葉が次々と頭の中に流れ込んできた。




『高二の時付き合ってた彼女とは、結局数日で別れたんだ。俺が九谷さんと自分を重ねてるだけだって指摘されて……』


『あれからずっと九谷さんのことだけを考えてきた。会話のなかった高校最後の一年も、卒業式の日も、大学に進学してからも……』


『関係をはっきりさせないまま手を出す奴なんてやめなよ!俺だったらそんなこと絶対しない!俺、本気で九谷さんのこと――!』





「……あ」


 心が揺れた瞬間を鮮明に思い出した。

 ――恥ずかしいっ。


「……思い出してくれた?」


 捨て犬のような目で私を見つめてくる瀬戸くん。不意に差し出した右手で、彼はそっと私の髪に触れてきた。


「昨日も言ったけど。髪、本当に伸びたね。綺麗……」

「……瀬戸くん。女の子の扱いに慣れた……?」

「またそんなこと言って。昨日も言ったよ。それに証明もしたはず――」


 そう言うと、瀬戸くんはゆっくり近づき、チュッと音を立てて唇を重ねてきた。驚いた私は思わず仰け反るも、覚えのある感触にハッとした。


 ……思い出した。昨夜、私達はキスをした。そのキスがあまりにも先輩と違って、全然慣れてなくて、たどたどしくて。それが却って嬉しくて、心がキュッとなって、そして――。


「……全部、思い出した」

「あ、思い出した?」


 途端にバツが悪くなり、上目遣いで彼を見上げた。


「ご、ごめんなさい。私、飲みすぎて、その後瀬戸くんに吐いたんだった……」

「ははっ。思い出した?まぁ、裏路地で盛ってた俺も悪いけど。九谷さん、そのまま放っておけなかったし、とりあえずここに連れてきたんだよ」

「……申し訳ありません」

「着てた服は乾燥まで終わってるよ。持ってこようか?」


 至れり尽くせりの瀬戸くんに言葉が出ない。


 そうか、だから彼は上半身裸なんだ。


 ……いや、自分の家なんだから着てくれてもいいじゃん。

 そもそも何で一緒に寝てるの?

 腕枕は何?

 ……。


「あ、ところで九谷さん――」


 ベッドから立ち上がった彼が、不意にこちらを振り向いた。


「昨夜の言葉は本気だから。残念ながら今回は未遂だけど、今後は積極的にいくからね」


 そう言って、彼は屈託のない笑みを浮かべた。


 ――胸が、ぎゅっとなる。

 ……どうしよう。

 もう、逃げられそうにない。


 

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〜knot〜 愛世 @SNOWPIG

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