天下無双ダンス布団

@2321umoyukaku_2319

第1話 最高の寝心地をあなたに

 ピンポンピンポンと来客を告げるチャイムが喧しい。

「なんだなんだなんだ一体!」

 デルタ氏(仮名)は一人ブツブツ文句を言いながら玄関に向かった。

「何の用だ!」

 ドアの向こうから返事が聞こえた。

「セールスマンです」

「とっとと帰れ」

「当社は何でも取り扱っております。何か必要なものはございませんか?」

「何もかも間に合っている。早く消え失せろ」

「そうおっしゃらず、お話をさせて下さい」

「しつこい!」

 デルタ氏が苛々しているのは一向に立ち去ろうとしないセールスマンのせいばかりでない。カクヨム・アニバーサリー・チャンピオンシップ2025ラスト第5回のお題である三題噺「天下無双」「ダンス」「布団」の掌編小説が書けず困っているのだ。邪魔なセールスマンには、さっさと消えてもらいたいのである。

 しかしセールスマンは執拗に話し続けた。

「お疲れのようですね。お困りごとがございましたなら、お聞かせ下さい」

「お前がいなくならないから困っているんだ!」

 もう相手にしていられない。デルタ氏が居間に戻ろうとした、そのときである。

「小説の執筆に難渋なさっているのではございませんか?」

 リビングへ向かいかけた足が止まる。振り向く。

「どうして、それが分かった?」

「トップセールスマンですので」

 それで理由の説明がついたと言わんばかりの自信にあふれた口調だった。

 超駄作を連発し低評価の嵐に見舞われてばかりのデルタ氏は、すがるような思いで言った。

「困ってるんだ。力を貸してくれ」

「わたしでよろしければ」

 玄関先でデルタ氏から事情を聴いたセールスマンは、持参した黒のブリーフケースからタブレット端末を取り出した。画面にカタログを表示する。

「これなどはいかがでしょう。小説の書き方を講義する講座<天下無双小説道場>のご案内です。受講者からプロの作家がたくさん出ておりまして、大評判ですよ。この講座を受講なされば、小説の執筆に苦労することはなくなることでしょう」

「締め切りが迫っているんだ。そんな時間はない」

「それでしたら、こちらはいかがでしょう? 時間を自由自在に操れる摩訶不思議なダンスをマスターするための教育用DVDです」

「それは心惹かれるものがあるな。本物なら欲しい」

「もちろん本物ですよ。ですが、習得には時間がかかります。小説の締め切りまでに間に合いません」

「そうだな、まずは直近の問題を片付けよう」

「そこで、この商品をご紹介致します。天下無双ダンス布団と申しまして、ぐっすり眠れて目覚めた翌日には頭がスッキリしているお布団です。リフレッシュした頭脳で傑作を書き上げて下さい」

「変な名前だけど、まあいいや。よし、ダンスのDVDと布団を買おう」

「ありがとうございます。ちょうど在庫がございますので、二つともすぐにお届けできますよ」

 二つの商品はあっという間に配達された。デルタ氏は興味を抑えきれず、KAC20255の執筆を後回しにして時間制御ダンスのDVDを視聴した。試しに踊ってみる。日ごろの運動不足がたたり、疲れ果てる。ひどく眠くなって、とても小説など書いていられない。

「寝る。買ったばかりの布団で、ぐっすり寝て……体力回復だ」

 起きたら翌日の正午を回っていた。締め切り時刻は、とっくの昔に過ぎている。

「こんな時こそ時間を自由自在に操るダンスの出番だ!」

 デルタ氏は必死になって踊った。そして、なんとなんと! 時間を巻き戻すことに成功したのだ。

「よし、昨日に戻ったぞ! 今から取り掛かれば絶対に間に合う!」

 しかし良いアイデアが浮かんでこない。デルタ氏は頭を抱えた。このままでは締め切りまでに完成できないことに気付く。彼はセールスマンが置いていった名刺を手に取った。そこに書かれた番号に電話する。

「昨日おたくからDVDと布団を買ったデルタという者だ。商品の追加注文をお願いしたい。<天下無双小説道場>という小説講座を受講したいんだ。早めに頼むよ」

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