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「あの、オリヴァーさん。この花セレスティアに似てるけど、まさか……」
「そう! まさかのセレスティアナイトだよ!」
「うわあ! すごい!」
「えっ、それはすごい。僕にも見せて」
フィデリオは座っていた椅子から立ち上がり、テーブルに近づいてきた。
皆が集まる中、グレイスが首を傾げている。
「初めて見る花だわ」
「そうだろ?」
お茶の用意を終えたエルノがグレイスに近寄り、自信満々な顔で説明を始めた。
「セレスティアという花は薄水色なんだけど、このセレスティアナイトは瑠璃色で、花びらに蝶のような翅脈模様が入ってるのが特徴なんだ。でもこれは特別変異じゃなくて、似ている別の種類とされてるんだ」
「へえ」
「セレスティアナイトが咲いてるのを見ること自体が稀で、しかも栽培が出来ない。それは、種子が存在しないからなんだ。挿し木や株分け、葉挿しを試した人はいるみたいだけど、成功例は一つもない。どの条件で、どの時期に咲くのかもわかっていないんだよ」
「へえー、さすがねエルノ」
グレイスがにこにこしながらエルノを褒める。
エルノはいつものふざけた様子を見せず、嬉しそうにグレイスを見つめて微笑んだ。
「完璧な説明だねエルノ」
フィデリオはセレスティアナイトを見ながら、何度も頷ている。
エルノはさらに嬉しそうに頬を緩ませる。
その場にいる全員が、セレスティアナイトの鉢植えに目を奪われていた。
少しして、フィデリオが小さくため息を吐いた。
「実は近くで見るのは初めてなんだ。これがセレスティアナイトか、こんなに美しいとは……」
「私は小さい頃に一度だけ」
「それは素敵だね」
「はい、でもここまで美しく咲いているのはじめて見ました」
二人の顔は花を見るためにかなり近くなっていた。
グレイスはそんな二人を見て、また両手に口を当て、大きな瞳をさらに大きく見開いている。
「綺麗だろう。友人から譲ってもらったんだ」
そこへオリヴァー薬師長が近づき、ラウラとフィデリオの間に入った。
グレイスはため息をつくように肩を上げ、首を横に振った。
「素敵なお友達ですねえ」
そんなグレイスの様子に全く気付いていないラウラは、オリヴァーに話しかける。
オリヴァーは大きく頷き、手を差し出した。
「実はこれ、聖女ちゃんへの誕生日プレゼントなんだ」
「え! これを私に?」
「そうさ」
「えー!」
ラウラの瞳が星のように輝き、周囲も一斉に驚きの声をあげた。
オリヴァーは、今度は二回大きく頷いた。
「西の方にヴノ山という山があるんだけど、そこに私の友人が住んでいるんだ」
「あっ! わたしその麓が実家よ」
「うん、グレイス、君のご両親と僕の友人は知り合いみたいだよ」
「えー本当?」
グレイスは、誰だろうと思いながら上を見上げた。
彼女の故郷は、バルウィン領の西にある羊牧場だ。
「彼はいつも変わった植物を見つけるたびに連絡をくれるんだけど、今回は初めてセレスティアナイトを発見したと興奮気味に知らせてきたんだ」
話を聞いていたラウラは、急に不安そうな表情を見せた。
「あの……オリヴァーさん。どうしてこんな貴重な花を私に?」
「それはだね」
オリヴァーは少し間を置いた。
ラウラが身を乗り出す。
「こんなに美しいのに、セレスティアナイトは枯れるのを待つだけの花だろう? もし、聖女ちゃんが育ててくれたら、増えたり、種ができたりするんじゃないかと……」
「ありえる!」
オリヴァーが話し終わる前に、エルノが興奮した声を上げた。
口にはマフィンを頬張っている。
横に居たリーアムも、エルノと同じように同意の表情を見せた。
「いや、別に絶対というお願いじゃないよ聖女ちゃん。プレゼントだから。普通に育ててくれればいい」
少しだけオリヴァーは困った顔をしていた。
ラウラは皆の期待に満ちた目に押されながら、それでもこの花を育ててみたいという思いもあった。
セレスティアナイトの花の付き方は総穂花序。
目の前にあるこの鉢には、花が咲いている茎と、まだ蕾のものがある。
これならいくつかの可能性を試せるかも!
「オリヴァーさんわかりました。頑張って育ててみます!」
「ありがとう! もし何かあったら……」
「すぐ皆さんに伝えますね」
「やったー! 種欲しい!」
「欲しい!」
ラウラの返事に続くように、エルノが両手を高々とあげた。
リーアムも兄に負けないくらいの声を出し、手を振っている。
「そんなの私だって欲しいよ」
薬師長のオリヴァーも身を乗り出す。
ラウラが周囲を見回すと、次々と声を上げる皆の中で、フィデリオが静かに手を上げているのが目に入った。
その姿を見て、ラウラは思わず吹き出してしまう。
「もう皆さん! そんなに期待しないでください」
「そうだよ。プレッシャーじゃん」
笑っているラウラに、エルノが同意の声を上げた。
「ちょっと、一番最初に欲しいって言ったのエルノでしょ!」
グレイスがエルノの肩を軽く押した。
エルノは「えー」と、口を尖らせる。
二人の様子に皆が微笑み、部屋全体が穏やかな雰囲気に包まれた。
それから皆でおしゃべりをしていると、あっという間に部屋に戻る時間となっていた。
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